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東京都中央区日本橋堀留町2丁目。
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元吉原の地。
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元禄2年の『江戸惣鹿子』によりますと、「はせ川町、三十郎稲荷」とあります。歌舞伎役者の関三十郎(2代目)の屋敷内に勧請されていたので三十郎稲荷と呼ばれましたが、いつしか三光稲荷に改まったといわれます。中村座に出演した大阪の歌舞伎役者関三十郎が演技中、場内に霊光(電光ならん)のごとき閃きあり、観客は彼の芸体に放光せし如く見えて賞賛され名声を不動のものにしたと伝えられています。彼は伏見稲荷の神爾を庭内に奉斎しているので、これは神明の加護によるものと、自身の「三」と「光」の2文字によって三光稲荷と称し、これを長谷川町の建石三蔵(商号下三木木綿問屋でこの地の大地主)が庭内に安置し、町内の氏神として宗敬したといわれます。元々三光稲荷は人形町3丁目に接する道路に面しており、その前通りは三光新道と称されていました。また三光新道の人形町寄りに吉原を囲むおはぐろどぶがありました。これが昭和8年の区画整理後に現在地に移転し、その通りを三光新道と呼ぶようになりました。
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社殿正面。賽銭箱には「は組」(昭和30年5月)。
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向拝。
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6.5
神拝詞…『祓え給い清め給え神ながら守り給い幸え給え(神拝詞三唱二拝二拍手一拝)』
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額「光明藏」。
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額「天地和同」。
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大払人形説明。当神社では6月末と12月末。
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手水舎。
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狛犬一対。
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12.5
三光神社増改築記念碑(昭和39年9月15日)。
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三光稲荷神社御由来…『【祭神】三光稲荷大神・田所稲荷大明神。大正13年区画整理にて旧長谷川町と旧田所町が合併して現在の堀留町二丁目になっていますので、田所大明神さまも当神社に奉祀されています。【創建】中村座に出演していた大阪の歌舞伎役者関三十郎が伏見より勧請したと伝わる当神社は「江戸惣鹿子」元禄2年(1689年)には記載があるところから、それ以前と推測される。【拝殿】右上の額「日本橋區長谷川町守護神 三光稲荷神社」は神田神社社司平田盛胤氏の揮毫である。【江戸時代】近隣には吉原や歌舞伎小屋の中村座、市村座、更には操り人形や人形浄瑠璃の小屋等があり、それを背景とした(江戸落語)に「三光新道」や「三光神社」が登場するところとなった。古くから娘、子供、芸妓等の参詣するものが多く、ことに猫を見失ったとき立願すれば霊験ありと云う。「三光稲荷神社参道」と銘ある石碑や境内にある猫の置物は猫が無事に帰ったお礼に建立、奉納された。』
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奉納された猫の置物…っていうか全部招き猫。一番上の棚には所謂「お手上げ万歳」。
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三光新道。
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16.5
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