青森県三戸郡五戸町倉石又重。谷地中の法陵大権現。国道454号線沿い。倉石村の旧又重小学校跡が公民館となっており、下手の高台に鎮座。谷地中部落からの崇敬が厚い神社です。

社号標「法陵大権現」(昭和54年8月1日建立・谷地中若者連中)。

20段ほどの鉄骨階段を上ります。

階段途中で木をくぐります。
階段上の鳥居。

境内記念碑の碑文によりますと勧請は建治-弘安-正応頃まで遡るようです。
狛犬一対(大東亜戦争必勝祈願・皇紀2602年壬午・伍長勲七等髙谷幸吉支那事變出征)。
手水石。

社殿。


拝殿蟇股・木鼻。
拝殿神額「法陵大權現」。

拝殿内。奉納幕(昭和54年8月1日・部落一同)。例祭日は8月1日で部落の人々が管理しています。電気がオシャレ。

記念碑(昭和54年8月1日谷地中部落)裏面碑文より抜粋…『当山鎮守の神法陵大権現は約700年前甲斐ノ国より母なる川五戸川を見渡す此の地に鎮座し谷地中部落の開祖と伝えられる。髙谷恒三郎氏より此の地を部落へ寄贈され、氏子の寄附並びに髙谷豪明氏外の援助を得、総工費參百九拾四万円をもって参道拝殿を部落が修覆施行し、昭和54年8月1日完了す。関係者の奉献に感謝を表し部落永遠の繁栄を願いこゝに碑を建立し記念とする。』もう1基の記念碑より…『部落組長頭十年以上、氏子総代二期、又重国民学校学務委員、又重組長頭十年以上、日向堰水利組合議員三十年以上、第二区会議員二期、五戸町外四ヶ村連合隔離病舎委員、倉石村議員高谷寅吉。石工八戸下組町米沢与惣吉』

境内末社。

蒼前堂。棟札には昭和54年8月1日の紀年銘が見えます。

境内からの眺望(東方)。
神社入口付近にある庚申塔です。庚申塔一基ですが、石段・屋根付と立派です。庚申塔の裏にも石段が僅かに続いており、もしかして元々こちらに石段を作ろうとした?…っていう気さえしてきます。憶測ですが。










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