弘前市清水森村元。清水森入口の大和沢川に架かる中千歳橋。
清水森町会入口にある百万遍。
この百万遍は昭和30年に弘前市合併を記念して拓道和尚が建立したもの。観音様の御加護を願って子どもたちの遊び場を作る計画でしたが、計画途中で亡くなられたために中途で終わりました。
ちなみに百万遍の隣にある木は弘前市合併記念塔だったようです。
少し先へと歩きます。

保食大神(昭和8年旧5月5日建立)。

こちらは以前に金峯神社の記事にて紹介しております。

ここはかつての「そばやの矢車弘前店」です。
忘れじの飲食店シリーズの一環として当時の弘前店の写真も載せておきます。



メニューも豊富でした。



金峯神社の隣にある「軽食喫茶・輸入雑貨アジアンカフェ」。

ちなみにこちらは昔のアジアンカフェの写真。


店内。



メニュー。


カレーが人気であったと記憶しております。



中千歳橋方面に戻りまして…

中千歳橋から西に向かうとチビッ子広場(平成10年4月1日~平成20年3月31日)です。

その道中にひっそりと生寿観世音菩薩堂があります。

生寿観世音菩薩堂。


ひっそりと鎮座していますが…
派手です。
昭和30年代前半に山内拓道和尚が建立。
上でも述べましたが、観音様の御加護を願って子どもたちの遊び場を作る計画だったものの、計画途中でお亡くなりになったため中途で終わりました。
拓道和尚が個人的に作った観世音菩薩であるため、敷地も拓道所有であり、これを維持する組織も無く、2~3人の地元の婆様たちによってかろうじて維持管理されているそうです。
上記の百万遍の昔の写真も飾られていました。
近くにあった石塔らしきもの。読み取れず。

チビッ子広場。
現在は金峯神社境内の一部が清水森チビッ子広場となっているので、かつてのチビッ子広場ということになるのかも。
元川原敷地で、旧岩木町の土地業者が官地の貸借契約を結んでいました。昭和36年に小山内元吉町会長がその業者を捜し歩きましたが所在を確かめることができませんでした。10年間の契約期間がきたため、弘前市に願い出て、市がこれを借り受けて清水森のチビッ子広場としました(管理は町会)。その後、児童館の園児たちの運動会や老人たちのゲートボール場として利用されてきました。
河川敷堤防上。


岩木山が見えます。



















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