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平川市館山。板橋・上扇田・井ノ上の境ほど。
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2.5
御由緒略記…『舘山神明宮所在地を守山と明記してあり大浦為信の旗上げ当時には既に守山神明宮を本陣として、天正3年大浦勢正月元日第二次大光寺城を攻め、落城の際に大浦為信が本陣を構えて指揮したという史実から推して見ても古社であり舘山松舘松崎三村の御産土神様として崇敬されています。松舘址』
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社号標「神明宮」(明治36年旧9月16日、産神講中、石工成田重吉)
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4.5
二之鳥居。
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参道。
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石灯籠一対(明治19年6月16日)
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7.5
参道は左へ曲がり、階段を上ります。
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8.5
龍の彫り物がある石柱(古川丑之助建之)
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9.2
9.4
9.6
9.8
石灯籠一対。
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10.5
講中。和徳と見えますね。
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四之鳥居。社殿の斜め後ろから向かう感じです。
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御神馬か何かが乗っていたような台座(初老記念、昭和16年旧6月16日、對馬粕太郎)
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狛犬一対(大正11年7月16日、今井三次郎、今井秀太郎)
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御神木。
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境内には古い巨木の切株もあります。
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御神木と手水石。
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手水石。
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社殿。
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なお、由緒等については以前の記事を参照ください。
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幣殿・本殿覆屋。
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本殿前(幣殿横)に狛犬二対(明治44年6月15日、今井喜之助奉納。明治27年9月16日、今井藤右エ門他2人奉納)。
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社殿横の末社。
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こちらも末社。
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社名が書いている感じでしたが読み取れず。
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石鳥居建設に関する記念碑(明治39年3月16日)
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本殿建築寄附人名碑(明治28年旧5月4日)
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ちなみに以前の記事で情報を求めた松館神明宮ですが、以前として場所がわかりません。今回も部落内を散策したのですがわからず。ってことでより前回の情報提供に加えて更に詳しい情報提供…『館山のすぐ隣りに松館神明宮が鎮座。杉館と同じ「挙村敬神」の扁額がある。揮毫は杉館と同じく岩倉具徳氏。他に白馬に乗った武人の奉納絵、正面左にオシラ様も祀られている。』
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地図があっても辿り着けず…
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場所は変わりませんが、社殿は新築されているようです。
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下の写真はかつての古い社殿かと思われます。
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情報お待ちしています(▽◕ ᴥ ◕▽)
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以下の写真は松館神明宮を探している時に見つけた、部落内道路沿いにあった地蔵堂。
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34.5
百万遍(明治35年2月29日、村中)
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日月庚申塔(明治23年閏8月建立、村中)
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たまたま辿り着いた松館農業研修センター。
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松館農業研修センター敷地内にあった碑…『本地区は、南津軽郡平賀町の西部に位置し、一級河川平川の右岸にかけて展開している水田地帯である。昭和三十七年、農業の生産性の向上と営農の合理化を推進するため、国の第一次農業構造改善事業を以て、区画整理を実施した松崎地区の一部であるが、事業実施当時、関係権利者は従前の農地への強い愛着があり、原地配分を望んだことから農地の集団化が阻害され、また、クランク形の換地をしたことにより営農上多大な支障をきたしていた。このことから、地域の農業者から分散している農地の集団化とクランク形の農地を解消して、農業機械の効率的な運用と生産コストの低減を図ろうという気運が高まり、集落において交換分合事業の実施が決議されたことを受けて、平川土地改良区を事業主体とし、農用地集団化(交換分合)事業松館地区として申請をし、採択されたものである。本事業は、平成五年四月に着手し、平賀町の助成と関係組合員の協力により、平成七年三月に竣工したものである。よって、これを後世に伝えるとともに、地域農業の更なる発展を希い関係者総意によりここに記念碑を建立する。平成七年十一月三十日建之』
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