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秋田県にかほ市象潟町横岡葛畑。
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入口は2ヵ所ありました。
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こちらは社殿正面の参道。
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聖徳太子碑。って現場では思いましたが…佐太子に見えますね。紀年銘は享和元辛酉年11月です。あっ、当神社については個人的な時間の都合上、いつもより詳しく見ていません。
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灯籠一対。
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6.5
社号標「上郷村横岡神明社」(昭和17年11月奉献、神宮大宮司子爵高倉篤麿書)
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鳥居。
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狛犬一対(平成8年5月30日)
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台座には建立委員長斎藤弥一郎、建立委員佐藤勝郎、斎藤勇、斎藤幹雄、斎藤喜美、斎藤恭一、佐藤卓史、斎藤万藏、斎藤勇(治)、斎藤朝次郎、太田新一、斎藤与治。寄付者御芳名多数(省略)。中村定雄謹書。
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手水舎。
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「奉献 祈願大東亜戦争 必勝 皇軍将兵武運長久」とありました。
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境内にめちゃ水が流れています。横岡は奈曽谷の沢を流れる奈曽川が鳥海山西山麓台地に流れ込む部分に扇状地形に形成された集落で、海抜220m余の高地にあり、東・南部は鳥海山に接し、西・北部は台地上に発達した耕地に接します。
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江戸期以降の横岡村についてです。江戸期から明治22年の村名。出羽国由利郡のうち。元和8年までは最上領、同9年から仁賀保領、寛永8年酒井預り地、同17年生駒領。元和9年の村高266石、諸役は夜廻役銀1匁、炭釜役銀1匁、熊の皮1枚。天保郷帳では536石余。貞享2年、隣接する小滝村及び長岡村との間に水争いがありました。また延享元年には隣村本郷村との間に山争いがありました。宝暦13年の下山野地争いでは、隣村長岡村・小滝村とともに本荘藩領西小出郷及び生駒領の村々と争っています。村社は神明社。明治9年の戸数153、人口785(男405、女380)、馬258、小学校の生徒数58人(男46・女12)。同22年由利郡上郷村の大字。
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参道。
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灯籠一対。
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16.4
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社殿正面。
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灯籠一対(平成20年7月、齋藤弥治兵衛、齋藤文左エ門奉納)※一部読み取れず
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参道を振り返るの図。
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社殿前石灯籠一対(寛政4壬子年7月18日)
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20.5
御祭神は天照皇大神、宇迦野御魂命、加具突知命、瑞津嶋姫命。例祭日5月1日。
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21.5
神社庁より…『和銅5年出羽分置四郡八庄を置かれた時に創立せられ、当時の祭祀の金幣は今尚尊崇保存されている。和銅以前、既に火蔵が建立されていたので、稲倉の本宮とも称え奉られていた。寛文年間、神守別当がいない為一時衰微したが、尾州浪人太田能寿法師という者が、小砂川に居住していたのを、集落の長が乞い願って、横山に移住し、神明社の祭祀を司るようになり、その後代々奉仕してきている。古社霊域が著しいので、明和丁亥年7月、領主生駒能登守藤原朝臣俊矩公の崇敬社となり、御年米1俵、銭300文宛供進せられた。大正3年7月27日付を以て、知事の認可を得、神饌幣帛料供進の指定村社となる。昭和41年神社改築、地区民の崇敬は益々篤く、祭礼もまた盛大である。』
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拝殿向拝蟇股・木鼻等。
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23.5
社殿前から見た境内。
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鎮霊社の参道が並行しています。
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石灯籠一対(傘寿記念。齋藤政美、齋藤弥一郎、齋藤孫治郎、太田新一、齋藤幸男、齋藤武、齋藤勝三郎。平成16年8月吉日)
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シナノキ(一本)標柱…『横岡神明社境内にあるシナノキの根元の太さは5メートル以上、根回りは11メートル以上ある。シナノキの樹皮の繊維は、昔から布、縄、製紙などの原料として利用されてきた。このシナノキは県内の代表的な巨樹である。にかほ市指定天然記念物、昭和52年10月18日、にかほ市教育委員会』
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シナノキ。
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28.4
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28.8
石橋を叩かずに渡ります。
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鎮霊社。
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鎭霊社建立奉納者(昭和25年5月吉日)。世話人…太田幸吉、斎藤惣四郎、斎藤文右エ門、斎藤仁左エ門。建設責任者…斎藤惣右エ門。建設資金奉納者…御頭連中、大黒舞踊組、戦没者遺族一同。大黒舞…佐藤勘之丞、斎藤源右エ門。舞踊…池田岩吉、佐藤東二郎。謡手…斎藤要一、斎藤藤兵衛、佐藤岩敷、村上源兵衛、斎藤昇、土田四郎右エ門。石匠…斎藤六兵衛。大工…佐々木平八郎、佐々木恒三郎。石材…横岡小学校、御真影奉安所。
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出羽三山碑(安政5戊午年4月吉日)
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水神(昭和29甲午年11月横岡■■宮司太田■■)
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小さな池がありました。
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石橋を叩いて渡り…
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中央に大きく梵字を刻む碑。
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36.5
勧請黒保程尊神社?程じゃなく框?䅣?種?すいません。急いでいたので記憶も記録も微妙に…(大正7年10月、昭和41年5月)
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37.5
更にこのような石像。何かはわかりません。
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跨げる間隔でもきちんと石橋があり、尊崇の篤さを伺えます。
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三峯神社(昭和20年8月吉日、願主齋藤治右エ門、要一之代)
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こちらの碑(明治37年8月吉日)は…
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私には読めません。石橋の建造に関するものでしょう。
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う~ん…
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冒頭で話したもう一つの参道です。
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社殿横の参道になります。
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下(入口)から来ればこのように社殿が見えます。
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石灯籠一基(明治30年8月)
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日清戦争凱旋記念ですね。
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参道入口です。
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49.5
社号標「村社神明社」(大正6年6月、白﨑吉藏謹書)
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番楽師巨、斎藤要一翁碑(昭和46年8月横岡芸能保存会建立、秋田県無形文化財鳥海山日立舞、昭和39年11月指定第7号、荒木鳳舟書)
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番楽師匠、齋藤弥市翁碑(鳥海山日立舞、横岡番楽保存会、平成4年12月吉日建立、発起人佐藤勝郎、齋藤盛。石材寄贈佐藤佐市、碑施工象潟石材企業組合)
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全国縦断団七踊り出場記念(平成14年1月6日名古屋市民会館、平成14年3月吉日建立、横岡番楽保存会会長中村定雄、綾芽会会長佐塔豊淑凰)
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