土崎神明社に隣接する土崎街区公園内。古くは安東氏の居城湊城があった地とされ、湊城の廃城後、その中心部は土崎神明社となり、現在では隣接して土崎街区公園があります。湊城の遺構はほとんど残っていません。
蒸気機関車D51-370。昭和15年日立製作所笠戸工場製、昭和47年廃車。
旧壱騎町標柱…『町が開かれた年代は不明だが、元文年間(1736-41)の記録には既に認められる。町名は安東氏の家来で「一騎当千の士」が住んでいたと伝えられる事に由来する。町の範囲は現在の土崎港中央三丁目、五丁目の各一部である。』


湊安東氏顕彰碑(土崎街区公園)。隣には雪見灯籠もあります。古い物のようですが詳細はわからず。
台座碑文…『湊安東氏は室町初期(1394年)に安東鹿季を初代とし、実季まで二百数年間、治所湊城にあって善政をしいた。戦国の世にあっては四周の外敵を駆逐して治安を確立。殖産興業をはかって民治の実をあげ、さらに海運の発達と経済の成長をうながした。また信仰を篤くし民情の教化を深め、文化の高揚に意をはらうとともに、湊八丁の基礎を築き、城下建設に当るなど、歴代の遺業は今日における土崎港町発展の基をなしている。秋田市制施行百周年にあたり、湊城本丸跡に碑を建立して、湊安東氏の偉功を顕彰し、これを千載に伝えようとするものである。』

湊城跡(秋田市土崎港中央三丁目九番)…『湊城は安東氏の居城であった。築城年代や規模は明らかではないが、天正元年(1573)当時すでに湊城があり、また現地形と元文年間(1736-1740)の古絵図によると、堀をめぐらした平城であった。慶長4年(1599)から翌年にかけて本格的築造がなされた。慶長7年(1602)秋田入りした佐竹氏も一時ここに拠ったが、同9年(1604)久保田城に移ったあと廃城となった。市制施行90周年記念・昭和54年秋田市』

土崎街区公園のすぐ近くに「たこまる」というたこ焼き屋があったので寄り道しました。
注文したのはねぎチーズ。
たこ焼きの上に豪快にチーズをのせ、豪快にバーナーで炙り、豪快にネギとノリをのせていました。


ポリカーボネート波板で造られた簡易的な飲食スペースなどがあり、お酒やおつまみ料理のメニューもたくさんありました。

お酒を飲みに来る方もいるんでしょうね…営業時間が19時までだったので昼から飲むのかも知れませんが。







コメント