
九代藩主寧親公ゆかりの九十九森(鷹狩場)跡。
地図を見てもわかるとおり、かつて九十九森の遑止園には大きな池があり、雨が降ると、現在「かふぇ&ぎゃらり~Monroe」(旧卑弥呼)前の坂(坂上に釜萢堰※現在は一部暗渠)には、遑止園の池からカエルがたくさん出てきては車に轢き殺されていくという、まさに蛙飢坂だったそうです。

現在はブロック塀があり、蛙は出てこれません。

っていうよりも…

現在は…
水がありません。

完全に枯れております。




遑止園の碑。


遑止園は明治時代の旧陸軍弘前偕行社の建物をはさんで前庭と後庭にわかれる大石武学流庭園。

碑文にもありますが、園名は大正天皇が皇太子のときご来園のおり命名。


御手植の松(明治41年9月)。

碑。

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