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平川市大光寺一滝本。六羽川の川辺に建立されています。
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六羽川を挟んで、すぐ向かいには2021年に名勝指定解除となった清藤家庭園があります。
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高丸婦人之塚。
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高さ160cm、台座は二段となって45cm、幅83cm、厚さ27cmの板状自然石。
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正面「高丸婦人之塚 高山松堂書」
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裏面碑文…上段『延暦年中夷將高丸ノ夫人此地ニ歿セリト葉峨太夫次郎ノ遺書ニ因リ之ヲ建ツ 昭和参年十一月』
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中段『發起人 葉峨太夫次郎裔芳賀市三郎 仝芳賀ヤエ 長内みへ 小山内フサ』
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下段『賛成人 大光寺村總代 芳賀由雄 本町 菊池ジュン 北山キヨヱ 菊池キソ 大光寺 大川サクラ 瀧本カス 對馬ヨリ 鳴海ソダ 大川ミヨ 鳴海サクラ 外村中一同』
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台座に頭の無い石仏が一基。
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その他石が置かれていました。
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大光寺史より…『(前略)北方に二坪ほど小丘土盛があり、ここに「高丸婦人之塚」が建立されている。碑麺に「延暦年中夷高丸ノ夫人此地ニ没セリト、葉峨太夫次郎ノ遺言ニヨリ之ヲ建ツ、昭和三年十一月」とある。延暦年間は西暦七八二年(中略)伝説では酋長高丸の夫人が淵に落ちて溺死したことになっている。天和四年の絵図面には「廟所」と出ており、碑石の周囲には漆木二本植えられている。また、菊池健雄は、この廟所について「京禄の頃、南朝亀山の末孫、尊宗王の三男泰時は大光寺に住せしとあればその廟地ならんか、これは北山勤王記にある」と述べている。』※碑文については私が読み取ったものが正しいです。
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