1
十和田市大字沢田字大反。
2
石灯篭一対。
3
3.5
狛犬一対。
4
4.5
津島神社社殿。
5
やや荒廃しております。虫がいたので棟札等は見ていません。
6
案内板より…『御由緒【津島神社】祭神・須佐之男命、大穴牟遅命。併祭・対馬平次郎景満。古くは牛頭天王社と呼ばれ、疫病災難を除き「無病息災と授福の神」として絶大な信仰を受け、千四百年の長い歴史を秘めて織田信長・豊臣秀吉・徳川家康・など代々天下の覇者の手厚い尊信を受けてきたと伝えられ、江戸時代には「津島参らにや片参り」とまでいわれ、伊勢皇大神宮参拝には欠かせないものとされていた。併祭した対馬平次郎景満は津島の出自で甲斐の国から糠部の大地に八幡宮を奉じてきた武將で私どもはその後裔である。以上由来を記す。【沢田八幡宮由来】祭神・品田和気命・沢田領内守護武神。鎮座勧請…元禄七年旧暦八月十五日を例祭日として、沢田城(舘)中興の領主、目時八兵衛正宗が三戸、目時八幡宮から鎮座勧請した。この地域は中世南部四十八城の一つで沢田城と呼ばれていた。居館を中心にして東に八幡宮・西に才ノ神・南に新羅堂・北に神明宮と四方に神を祀っている。沢田城の大手(正面入口)は大通りの八幡さま入口の鳥居のある場所と伝えられている。明治維新の改革により約七百年続いた武家政治が終り当時の領主、目時三吉氏は大通り(おじより)の八幡さまと境内を沢田村に寄贈した。これが現在の沢田八幡宮である。』
16
目時氏と彫られた墓石のような碑。
8
裏面には『記念碑 目時和夫 2004年6月8日建立』とありました。
9
慈母観世音菩薩。
10
10.5
草むらの中に石碑が見えました。建立日はわかりますが由緒ではないみたいです。草木が茂っているので裏面は見ていません。慈母観世音菩薩…『中世南部四十八城沢田城(舘)主。本姓:海老名氏、対馬氏。直系:目時イサ刀自顕彰碑。団体職員目時幸夫。第一小学校教諭目時恵美子。折茂小学校長目時隆夫。藤坂小学校長目時比呂子。日本青年団協議会。東北・北海道ブロック協議会長。十和田湖町教育長目時和夫。三戸歴史研究会長目時ミキ。平成15年8月8日建立』
11
巨石。
12
一応駐車場あります。
13
にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 東北情報へ