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秋田県男鹿市脇本脇本七沢。脇本城跡に鎮座。なお、脇本城跡については別記事にしております。
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鳥居紀年銘「昭和44年10月氏子一同建立」
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狛犬一対(天保)。
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5.2
5.4
5.8
案内板「脇本城跡・天神様の細葉の椿」より…『戦国時代に秋田地域を支配していた安東氏の拠点的山城として、国の史跡に指定されています。生鼻崎は、海上交通の要所(日本海・八郎潟)、陸上交通の要所(天下道)であり、標高も100m前後あることなどから、城づくりには最適の環境でした。また、江戸時代には紀行家の菅江真澄も訪れ、図絵を残すとともに、城跡内に鎮座する菅原神社の細葉の椿の古木について記録を残しています。これらは地域の貴重な文化財として、大切に守られています。』
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脇本城跡からの出土品。
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菅江真澄が描いた文化元年(1804)の脇本城跡。
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菅江真澄が描いた文化元年(1804)の脇本城跡からの景観。
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菅江真澄が描いた文化7年(1810)の菅原神社と脇本城跡。
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菅江真澄の道(脇本城跡・菅原神社・細葉の椿)…『文化元年(1804)8月24日、生鼻崎に登り天満宮を拝す(男鹿の秋風)。別名太平城ともよばれ、その規模は大きく今も館跡が数多く残っている。菅原神社はその一角にあり、境内に細葉の椿という古木がある。』
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参道石段。
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ちなみに鳥居をくぐらずに車道から脇本城跡を目指しても同じ場所に着きます。
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13.5
参道石段を振り返るの図。
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石段上参道。
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鳥居跡。
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16.5
菅原神社標柱「内館まで400m・登城口まで250m」。
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鳥居。
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鳥居前標柱「菅公一千七十五年祭記念・氏子一同建立」。
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手水石一対。
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20.5
狛犬一対。
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21.5
狛犬台座。
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紀年銘は明治3年3月吉日。
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石工。
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鳥居をくぐると更に石段。
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灯籠と手水石。
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斎館。
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菅公一千百年大祭記念碑(平成14年11月25日氏子一同建立)。
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竣工記念碑「菅原神社社殿再建(昭和57年4月25日)・斎館建設境内整備(平成6年4月25日)・併セテ皇太子殿下御成婚並ニ第61回神宮式年遷宮ヲ奉祝シ建立。氏子一同」
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斎館前、参道脇に石碑等が並べられていました。
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崩壊している石灯籠一対、狛犬等もあります。
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石灯籠一対は石碑群の両脇に、狛犬一対は象頭山の石碑(大小)前に安置。
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狛犬一対。
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33.5
象頭山。
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天思兼命・手置帆負命・彦狹智命(太子講中・平成元年8月22日)。
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天思兼命・手置帆負命・彦狹智命(太子講中・昭和40年9月22日)。
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狛犬の頭部だけが安置されていました。上の狛犬と似たタイプですが、頭1つのみです。
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甲子大黒天(皇紀2600年記念・講中)。
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菅公一千五十年祭記念碑(昭和27年4月25日)。
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眺望。
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参道に戻り、石段上の鳥居。
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石灯籠一基。
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石灯籠一対。
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43.5
御祭神は菅原道真大神、天照皇大神、白山媛大神、保食大神。例祭日は4月25日。特殊神事として湯立神事、竹剪り神事があります。
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社伝によりますと、天正19年安倍実季再建とありますが、実季以前は「安東太郎この地に脇本城築城の際、男鹿鎮護の総社となし神領160石を寄進」とあり、安東氏が男鹿に勢力を持つようになり、その一拠点として脇本に築城し、氏神として祀ったものです。
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安倍実季の国替以降、脇本郷に於て維持経営し現在に至ります。此の間、安東氏時代獅子廻村と称し、毎年3月と8月に、当社の午王獅子が男鹿島中・潟辺(湖東部)・能代桧山方面に迄廻っています。更に天正3年、牛王天王社(天王町東湖八坂神社)祭事用の竹12本、秋田城之介より献納方仰せ付けられ、以来400年後の現在も、毎年7月6日統人2人が往復徒歩で竹迎えに来ます。この竹剪り神事を含めた統人行事が、国の重要民俗文化財に指定されています。佐竹藩主の参拝も行われ、佐竹義宣公は寛永4年御紋灯篭一対奉納、9代義和公は寛政4年同9年文化年中の参拝が記録され、初穂料扇子1本奉納されています。明治44年村社神明社を合併。昭和54年不慮の災禍により社殿を焼失。現社殿は昭和57年に竣工されたものです。
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拝殿向拝。
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唐破風懸魚・蟇股・木鼻等
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48.4
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蟇股裏面・手鋏・海老虹梁等。
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49.5
向拝神額(昭和57年4月25日)。
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脇障子。
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51.5
拝殿内。
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「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな」(昭和62年4月25日奉納)。
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その他奉納絵馬。
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神輿庫。
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神輿。
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細葉の椿。
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天神様の細葉の椿…『菅江真澄の男鹿遊覧記に「天満宮の神垣にはいって額づく。実季も友季も、この神を朝夕に祈り敬い、その社前に占いなどしたことだろう。細葉の椿という古木がある。"生ひ茂る、細葉の椿ふとまにの、うらなみかけて、八千代経ぬらし"」という一節を残している。ヤブツバキの一種で、葉が細く、4月中旬頃からピンク色の花弁をつける。長い年月の風雪に耐え、脇本城の栄枯盛衰を見守ってきたことであろう。樹齢400年以上と推定される。男鹿市教育委員会』
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