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上の写真は館坂(舘坂・タテ坂)の坂上(二の丸方面)。下の写真は坂下(搦手口・本勝寺方面)。途中に見える石段は桜山護国神社(桜山公園)へと続きます。
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桜山地区公園案内図と現在地。
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3.5
花輪町真景図(大正5年)。
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4.5
花輪通要害屋敷地図(明治2年)と現在地(赤丸)。
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「北館(桜山公園)旧花輪城の北郭」標柱。
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標柱より…『ゆるぎ館と共に北方の防備施設である。空堀跡、土塁跡、腰郭、また家中武士の鉄砲調練場跡などがある。明治30年盛岡桜山神社を分社し、また戊辰の役やその後の戦役の戦没者の「招魂碑」「忠魂碑」がある。桜山公園ともなっている。平成5年5月再建鹿角市花輪史談会』
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北館へ。
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館坂方面(今上ってきた道)。左手は多目的広場。テニスコートがあります。
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駐車場方面へ下る道。
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立派なソメイヨシノや松があります。
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12.5
館坂の途中へと下る道。上記の館坂の写真の途中の石段上になります。
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土地勘がない上に方向音痴の私には迷子になりそうな造りの公園です。
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14.5
こちらも館坂方面へ下る道かな。雨が降っていた上に結構な急勾配だったので未確認。
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ひっそりと立っていた42歳記念植樹記念碑(昭和57年・花輪42歳寿会会長遠藤嗣昕)。ちなみに桜山公園には他にもたくさんの石碑がありますが、別記事『桜山護国神社(桜山公園)』で紹介しております。
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ゆるぎ館(搖ぎ館・花輪城北郭の外郭)への階段。階段上がゆるぎ館。
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星場跡。
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星場跡標柱…『藩政時代における射撃の訓場。』
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方向音痴でどちらへ進むべきか分からなくなりました笑
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20.5
最近植物観察用にルーペは買ったんですけど…むしろ方位磁針が必要ですね!
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フィールドアスレチック公園から見た古館方面。中央に福士川。向かって福士川の右手は孫右エ門館で、現在の住所も鹿角市花輪孫右エ門館です。
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向かって福士川の左手は古館で、現在の住所も鹿角市花輪古館です。鹿角田畑開き始めの処点。
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福士川。福士川の清流を利用して鍛冶屋(野鍛冶)が始まりました。
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日向屋敷。花輪鍛冶屋発祥の地。ここから北方へ向かうと陣場、南方が荒屋敷方面、東方の坂道を上ると左手に「花輪古館等 古代・中世館跡群」の標柱があり、西方へ向かうと幸稲荷神社赤鳥居。
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日向屋敷(花輪鍛冶の発祥の地)…『遠い昔この地域に、福士川の清流を利用して野鍛冶(鍛冶屋)が始まったという。八幡太郎を追う産土神たちが鉄槌とツルハシを作らせたとか、山崎鍛冶の始まりの地とも伝えられる。』
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