1
北津軽郡鶴田町鶴田生松。
2
社号標「村社八幡宮」(昭和12年9月15日)
3
脇参道鳥居。
4
社号標「八幡宮」(大正6丁巳年6月15日、寄進者太田夛三郎)
5
石灯籠一対(昭和43年5月15日)
6
6.5
御神木。
7
7.5
「令和6年度鶴田総鎮守鶴田八幡宮遷座450年祭」
8
正面参道・鳥居跡。
9
9.5
石灯籠一対(昭和33年旧6月15日)
10
10.5
御神馬(講和記念、昭和27年旧6月15日建之)
11
神楽殿。
12
手水舎と御神木。
13
手水舎。
14
手水石(祝八幡宮御造営・昭和39年12月10日・寄進者神秀作)
15
親子石。
16
親子石…『古くは天保年間には知られていたと伝承されております。左側から父・子・母となっており子の石だけが地面に埋まっているのは産れて来る赤子を表してます。夫婦円満・良縁・子宝の御神徳を授かると言われております。』
17
八幡宮御造営奉賛者芳名録碑。
18
参道補装記念碑(寄附人名)。
19
参道。
20
20.4
20.8
由緒等については過去の記事も参照ください。
21
22
狛犬一対(明治22年6月15日)。
23
23.5
御祈祷受付所・社務所。
24
24.5
社殿。
25
御祭神は譽田別尊。
26
当社の縁起は甚だ古く「平城天皇大同2年に坂上田村麻呂が蝦夷退治に悪戦苦闘し同年退散せしめこの地を平定せり、依って同年9月大川畔の木を伐りて神殿を造営し蝦夷退散国中安泰守護神を勧請し、敬仰せり」とあります。現在の地に遷座したのは天正2年と伝えます。当社は安永3年、板屋野木村宝量宮(板柳町海童神社)と共に赤田組の祈願所に指定され、第7代藩主信寧公から御武運長久風雨順時五穀成就組中安全祈願の為、伊勢御田扇神宝一通太神宮大麻と鳴弦御守札が奉納され、宝量宮と1年交替で6月1日に組中でお神楽を行うことを命ぜられました。また、安永5年10月には再び藩主から太神宮大麻と鳴弦御霊札が奉納され、宝量宮と7年交替で組中で御輿を通行させるように命ぜられました。明治6年4月に村社、明治44年9月8日神饌幣帛料供進指定神社。
27
幣殿・本殿。
28
28.5
拝殿向拝
29
神額(昭和40年除厄記念)。
30
今回参拝した目的の一つが賽銭箱の上にあるこれです。
31
御霊入れされたハゲの御神像「玉祖命」。予算もなく、売る髪の毛もなく、現在もなお外に祀られています。
32
2020年にクラウドファンディングを利用したツル多はげます会・2020(ツルツル)神社建立プロジェクトが始まりましたが、どうやらまだ必要な資金は集まっていないようです。
33
頭を撫でるといいみたい。※正式名称「玉祖命神社」俗称2020神社(ツルツルジンジャ)。世界中のはげの聖地。御利益は「毛が無し」だけに「怪我(なし」
34
拝殿内。
35
35.5
右大臣・左大臣。
36
36.5
お札お守り納所の周囲に人形と不明の石。
37
37.5
猿田彦大神。
38
鳥居神額。
39
石塔群。
40
猿田彦太神(天保14癸卯年9月20日村中)
41
猿田彦太神(大正9庚申年旧3月14日村中、建立者13名省略)
42
庚申塚(安政7庚申年閏3月26日村中)
43
猿田彦大神(天保3壬辰年9月17日村中)
44
猿田彦大神(萬延元庚申年9月23日建之)
45
こちらは上部が破損しております。
46
中央に「神靈」。紀年銘は天保3壬辰年6月吉日。
47
御大典記念(昭和3年11月10日、鶴田村靑李團建之)
48
十和田神社・水滸神社。
49
十和田神社鳥居。
50
「十和田神社」(昭和10年旧4月19日)
51
サンゴを打つ池。
52
52.5
津軽富士見湖畔の戸和田神社の遥拝所ともいわれます。
53
池の向こうの小祠。
54
54.4
54.8
こちらの石塔は読み取れず。
55
水滸神社。
56
昭和10年旧6月21日、下山安太郎。
57
社殿。
58
58.5
にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 東北情報へ