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秋田城跡(高清水公園)にあります。
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『城外南東の鵜ノ木地区にあった寺院兼客館(迎賓館)に付属する奈良時代後半の水洗トイレです。建物の中に3基の便槽が並び、埋め込まれた木樋が沼地に延び、木樋の先端部には沈澱槽が掘り込まれています。建物と水洗施設が機能的に整備された全国に例のない優れたトイレ遺構です。また、沈澱槽からは大陸からの来訪者が使用した可能性を示す寄生虫卵が見つかっています。』
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パンフレット「古代水洗厠舎について」より…『◎水洗厠舎の発見…復元された水洗厠舎(便所)は、平成6年から平成7年にかけて実施された秋田城跡第63次調査で発見されました。発見された場所は、秋田城の城外南東側の鵜ノ木地区、寺院兼客館(迎賓館)と考えられる建物群の北側にあたる沼地の岸辺です。調査の結果から奈良時代後半のものであることがわかっています。古代においてこの水洗厠舎のように、建物の構造を持ち、水洗施設が機能的に整備された便所遺構は、秋田城跡でしか発見されていません。古代日本で最も立派な厠舎(便所)の跡といえます。◎厠舎(便所)の構造…発掘調査の結果、この厠舎跡は、沼地の岸辺に盛土した上に建てられており、掘立柱建物、便槽、木樋、沈殿槽、目隠し塀で構成されていることが分かりました。建物跡の中には三基の便槽が配置され、それぞれの便槽から沼地側(北側)の斜面方向に伸びる木樋が埋め込まれており(傾斜角は約6度)、その先端の沼地部分に沈殿槽が掘り込まれています。復元にあたって、三基の便槽・木樋のうち、入口左側の一基は発掘された状態、中央の一基は便槽・木樋の構造がわかるように土を取り除いた状態、右側の一基は、当時の使用状態にわけて復元展示する工夫をしています。また、建物内は、柱の位置などに基づき、北側一間が三室にわかれ、それぞれが壁で仕切られた個室に復元しました。復元建物には木樋に使われていた樹種鑑定に基づき、青森ヒバを使用しています。なお、発掘調査では、水洗用の給水設備が確認されなかったため、須恵器大甕に貯水し、用便のたびに柄杓で水を汲み、木樋を通じ沼地側に流し出したものと推定しています。この厠舎は発見された遺構に厚く盛土して保護した上に復元されています。』
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発掘された水洗厠舎跡(西から)。
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復元厠舎断面図。
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パンフレット「厠舎(便所)の調査からわかったこと」より…『厠舎跡を発掘調査したところ、沈殿槽の堆積土から、籌木(用便後、尻を拭く木片)や、未消化の種実類、さらに寄生虫卵が発見されました。種実としてはイネ、ウリ、ナス、アケビ、キイチゴ、サルナシなどが確認されています。寄生虫の卵の種類としては、回虫、鞭虫、横川吸虫、肝吸虫、有鉤条虫、日本海裂頭条虫などが確認されています。寄生虫卵のうち日本海裂頭条虫(サナダ虫)は鮭、鱒を中間宿主として感染しますが、これが殆ど発見されず、コイ科を主に淡水魚を中間宿主として感染する肝吸虫が比較的多いことから、便所の使用者は地元の東北の人々ではない畿内(近畿地方)から来た人々の可能性があります。注目されるのは、豚食を常食とする人間を中間宿主として感染する有鉤条虫卵が発見されていることです。豚食の習慣は古代日本にはなく、豚の飼育が盛んな中国大陸などに見られる食習慣であり、福岡市に所在し中国大陸や朝鮮半島から来訪者を迎えた古代の迎賓館(鴻臚館)の便所遺構でも有鉤条虫卵が発見されています。それらのことは、秋田城の厠舎を大陸からの来訪者が使用した可能性を示しています。奈良時代にはここ出羽国に中国大陸にあった渤海国から使節が来航していた記録があることから、その渤海使が使用した可能性もあります。調査結果からは、この立派な厠舎(便所)が付属する鵜ノ木地区建物群が畿内やさらには大陸からの来訪者など客館(迎賓館)としての役割を果たしていたことが考えられます。古代水洗厠舎の発見は、秋田城が行政や軍事だけではなく、外交・交流施設として果たしていた役割を考える上で重要な成果といえます。』
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検出された有効条虫卵。
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検出された籌木(用便後、尻を拭く木片)。
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厠舎内。
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色々と掲示されていました。
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古代水洗厠舎跡全景…『平成6年の第63次発掘調査で、鵜ノ木地区東側にあった古代沼地の岸辺付近から、全国的に珍しい奈良時代後半の水洗式トイレが発見されました。写真は西側から見たトイレ跡の全景です。上屋となる掘立柱建物跡や、建物内にある3基の便槽から沼地側に延びる排出用暗渠の状況がよくわかる写真です。暗渠内の木樋が出口となる沼地の沈殿槽に向かい傾斜している様子や、張り出している状況が見えます。』
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古代水洗厠舎跡全景…『北側から見た古代水洗式トイレの便槽と暗渠内の木樋の状態がよくわかる写真です。写真上部にはトイレの上屋となる掘立柱建物跡があり、中央部には3基の便槽が並び、便槽には曲物状の枠が確認されています。木樋は上側材が腐食、崩落した状態で見つかっています』
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古代水洗厠舎跡検出寄生虫卵…『汚物を溜める沈殿槽から、回虫、鞭虫、肝吸虫、横川吸虫、有・無鉤条虫、日本海裂頭条虫などの寄生虫卵が見つかっています。中でも豚の摂食で感染する有鉤条虫卵がまとまって見つかっています。これは当時の日本にはない豚食を習慣とする大陸の人々が秋田城を訪れていた可能性を示しています。歴史書には渤海国の使者が出羽国に着いた記録があり、渤海使がこのトイレを使用していた可能性もあります。秋田城が外交施設の役割を果たしていた可能性を示す発見です。』
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古代水洗厠舎跡出土の種実類と虫遺体…『古代の水洗式トイレから排出された汚物を溜める沈殿槽(浄化槽)に堆積した土からは、未消化の種実類や花粉、虫の遺体が見つかっています。種実類では、イネ、ウリ、ナス、シソ、エゴマ、セリ、アケビ、キイチゴ、マタタビ、サルナシ、ガマズミなどがあり、当時の食生活がわかります。また、虫ではふんに集まるハエのさなぎ、マルエンマコガネ、ゴミムシなどの一部が見られトイレ跡だったことを裏付けています。』
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古代水洗厠舎。
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沈澱槽。復元されたものであり、もちろん現在は使用されていないのですが…菌がたくさんいる感じがしてしまいます。
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