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岩手県岩手郡雫石町町長山頭無野。岩手山神社遙拝所(巌手山遥拝所)です。
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岩手山の麓、小岩井農場の近くです。
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参道。
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古の社の老松を偲ぶ参道。
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石灯籠一対。
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御祭神は宇迦御魂神、大穴牟遅命、日本武尊。例祭日は旧5月27日。
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岩手山神社の夫婦杉。
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雫石町指定天然記念物(植物)。
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【目通周囲】
北側)408cm 南側)523cm
【高さ】
北側)約26m 南側)約24m
【推定樹齢】
不明(400年以上/伝承1,200年)
(以上平成23年調査時)
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岩手山神社の夫婦杉(雫石町指定文化財)…『町内有数の歴史と伝統ある神社・岩手山神社の神木で、南側の杉は雫石神社の杉に匹敵する規模であり、北側の杉は南側のものより一回り小さいものの、それが夫婦杉たる由縁となっているものと推測される。岩手山神社そのものは、大同2(807)年に坂上田村麻呂創建と伝えられている。この夫婦杉が位置する新山宮(遙拝所)にいつから神社が創建されていたかは定かではないが、古文書によると延宝2(1674)年に再建されたとあることから、それ以前から存在していたことは確実である。樹齢については、古文書などの文献がなく、樹勢と樹齢の相関関係も示されなかったため、正確な数値を算定することはできないものの、歴史的背景などから少なくとも400年以上あることは確実である。』
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大正天皇御即位記念神林碑(皇紀2600年旧5月27日西山村青年團上長山分團建立)。
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龍神。
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神楽殿。
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長床的建物。
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石鳥居(明治37、38年日露戦役紀念・紀元2565年旧5月建立)
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境内案内板「岩手山神社の御由来」より…『岩手山は岩鷲山、霧山獄とも称せられ盛岡市の北西約24キロメートル雫石町、滝沢村、西根町、松尾村の二町二ヶ村に誇り、巍然として聳立す。最高峰は薬師ヶ嶽にして其の標高2,041メートルある。岩手山は秀麗なる円錐形をなし八面玲瓏なる彼の富士山に似たるを以て奥の富士南部片富士等の称あり。奥州第一の高山であるため南部領民霊山として古来信仰の対象としてきた。桓武天皇の延暦年中坂上田村麻呂将軍東夷征伐の時山中に伏匿する賊徒赤頭の高丸を誅し、民害を除き人々を安堵させる為宇迦御魂神大穴牟遅命日本武尊の三神を謹請し、将軍親しく祭祀した。後国土鎮護のため崇敬したと伝えられている。文治5年9月源頼朝藤原泰衡征伐の際工藤行光岩鷲山大権現の冥助により大功をたて、岩手郡を賜り、岩鷲山大宮司となり、厨川に住し、南部家につかえ、栗谷川氏と称した。后岩鷲山別当職を繁安楽坊に申付けたと伝えている。永禄年中石川高信の室男子出生を岩鷲山に祈り信直を生む。信直南部家の嗣となり社領二百石を寄進する。26代利直代より領内総鎮寺と崇め重く祭祀した。新山堂は雫石町頭無に鎮座し境内4,591坪老松うっ蒼として、昼尚暗く森巌を極む。南部郷村志によると大同2年坂上田村麻呂将軍創建と伝えている。慶長8年10月20日、南部26代利直公、西根村大宮神社の別当木村円蔵院に、岩手山西口別当として四十四石五斗一升を与えている。平成12年6月岩手山神社総代一同』
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神社庁「岩手山神社」より…『坂上田村麻呂将軍が、岩手山にこもる賊・赤頭の高丸を討伐のため御陣小屋を設けられたところと伝えられ、南部叢書に大同2年(807)田村麻呂創建と記されてある。地方の人たちは、お山の権現様といった。昔から陸奥国総鎮守として旧領主南部公の崇敬が篤かった。歳代日記に「延宝2年(1674)南部重信公、新山堂を再興す」文政5年(1822)雫石御中惣勧化にて新山堂再興する。別当は雫石の円蔵院山伏で部下9人、藩政時代は絶大の権力者で、慶長8年(1603)10月20日、南部利直公より岩手山西口別当を命ぜられ44石5斗1升を賜っている。祭日には円蔵院は藩公名代として行列を揃え、新山堂に参詣したという。お山権現様の遙拝所であった。成人男子は精進潔斎して登山し、女子禁山であった。』
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手水舎。
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神山の秘水。
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水を汲んで運んでいる人がいました。「水を汲むお客様にお願い。給水口を2ヶ所に致しましたのでお互いに譲り合の気持をもっておひとり一ヶ所での給水するようお願い申し上げます」とありました。人気があるんですね。
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手水舎の両脇には「随神祓い清めてもらい水」「岩手山襞(やまひだ)の雪解の水は源の流れとなりて此ゝに湧き立つ 田上今朝夫」とあります。
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更に手水舎の裏には「新羅萬象」とあり、石製小祠があります。
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狛犬一対。
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安政6己未年5月吉日。
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恐らく先代の狛犬でしょう。
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石灯籠一対。
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狛犬一対(平成16年6月30日)。
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社殿。
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拝殿向拝。
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蟇股等。
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向拝神額(昭和56年11月桜田侃刻)。
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拝殿内。
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幣殿、本殿覆屋。
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「聳立つ松を見越しの南部冨士」「巖手山遥拝所」。手前に岩手山神社電気建設工事寄付者名碑(竣工平成24年7月9日)。
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石祠(交通安全・家内安全)と石灯籠一対。
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平成の大模様替事業完工記念…『陸奥国総鎮守として、旧領主南部公の崇敬が篤かった岩手山神社の御祭神等に日頃の御神徳に感謝し、報恩の誠を捧げるべく事業を推進する中に特に奇篤の方の多額の御淨財を御献納賜り深甚なる謝意を表し、工事を完工致しました。大鳥居工事(平成15年11月30日完了・施工者中村工務所)、水道工事(平成15年12月7日完了・氏子総代)神楽殿改築工事(平成16年5月6日完了・施工者中村工務所)境内整備工事(平成16年6月30日完了・施工(有)紫波石材)。一、拝殿前石敷。二、拝殿前石段。狛犬奉納(平成16年6月30日建立・施工(有)紫波石材)。平成16年7月14日旧5月27日宗教法人岩手山神社(※代表役員宮司、責任役員、監事、総代名省略)施工(有)紫波石材』
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鎮守奉献(昭和56年11月8日)。
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裏面碑文…『岩鷲山新山宮由来。大同二年、田村麻呂将軍創宮と伝らる。延宝二年、円臧院廿代椿宥再建す。元禄四年、藩主二十九代重信公の願に依って新に建立せり。宝永四年、円臧院八代宥栄に依って再建した。寛保二年、再建が行れる。文政五年、新山堂再興す世話人長山村肝入り嘉右エ門ほか重作弥兵エ九兵エ篠川原久右門御社肝入西根村八兵エ。明治二年、野火により類焼し再建する。昭和五十六年、新に再建した。』
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岩鷲山大権現。
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中に権現様(獅子頭)。
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岩手山遥拝所へ。
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かつては向こうまで繋がっていたのかな。
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賽銭箱もありました。
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岩手山。
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