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秋田県秋田市広面字赤沼。太平地区への入口に当たり、手形山から金照山の間に太平川の形成する平地で、もと広い田園地帯。菅江真澄は地名を城面としています。
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「菅江真澄の道-雪見御殿跡」標柱より(※下部が破損してありません)…『「遠近の山のはつしほ野の千種さぞな雪見のありし真木の屋」・文化8年(1811)8月10日荒れ果てた雪見御殿(飲山…)《勝手の雄弓》』
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正参道付近の碑。詳細に見ておりません。
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印章塚
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太平山講中。
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田邨壽翁紀念碑。
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歌碑。
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社号標「太平山三吉神社惣本宮」明治34年6月従七位文學博士小杉榲邨書。小杉榲邨についてはWikipediaか何かでお調べになって下さい。
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狛犬一対。
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昭和2年旧正月17日。
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正参道と鳥居。古くからある神社正参道です。広面赤沼から秋田大学(手形)に通じる道路は東北自然歩道「新・奥の細道」にもなっています。
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「新奥の細道」(久保田の昔、千秋の奥座敷へのみち)案内板。
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鳥居額束(元帥伯爵東郷平八郎謹書)。
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狛犬一対(昭和13年5月8日・藤田周吉奉納・石工加藤幸助刻)。
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拝殿への近道。神楽殿の横を通って拝殿前に出ます。
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手水舎。
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手水石(昭和3年10月17日・仙臺婦人講奉納)。
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手水舎上部。左から「千代田飴本舗・中野・海野与吉(昭和28年9月吉日)」、「大平山三吉神社・仙台市・大久三樹子(昭和38年10月吉日)」、「大黒屋・つきじ、新宿(昭和28年1月吉祥日)」
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斎館(昭和41年竣功)。各種集会や大祭、奥宮登拝の際の参籠所として使用。
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パンフレット「太平山三吉神社」より…『「勝利成功」「事業繁栄」の守護神として信仰を集め、坂上田村麻呂が勝利を祈願したといわれる。1月17日には三吉梵天祭が行われる。秋田駅から車で約7分』
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パンフレット「太平山三吉神社」より…『秋田市のシンボル太平山の頂上に奥宮(夏季のみ)、広面赤沼に里宮が鎮座します。通称みよしさん・さんきちさん。北日本各地、またブラジルサンパウロにも三吉神社のご分社があります。今を去る約1,300年前の天武天皇2年(673)5月、役の行者小角の創建と伝えられ、桓武天皇延歴20年(801)征夷大将軍坂上田村麻呂東夷征討の際、戦勝を祈願して堂宇を建立、奉納された御鏑は神宝として今に伝えられます。』
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御神木。
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旧県社・別表神社。太平山の麓に里宮が、山頂(1,171m)に奥宮があります。太平山三吉神社奥宮は、古くから薬師の峰・修験の山である霊峰太平山の拠り所として崇敬を集めており、今もなお多くの信仰者・登山者が参拝に訪れます。毎年7月17日の開山祭に御神体を里宮より奥宮へお遷しし、9月17日閉山祭までの間、神職がお籠もりをして祭典祈祷奉仕をしています。奥宮のほか境内外社として木曽吉山神社(中岳山頂)、神仙山神社(前岳山頂)、御手洗神社(仁別字務沢)、御滝神社(仁別字務沢)があります。主祭神は大己貴大神、少彦名大神、三吉霊神。三吉霊神は太平の城主藤原三吉(鶴寿丸)が神格化されたと社伝にありますが、基本的に山岳信仰による神であり、力、勝負、破邪顕正を司る神。例祭は5月8日、10月17日。
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社伝によりますと、白鳳2年、役小角が創建。その後延暦20年征夷大将軍坂上田村麻呂が戦勝を祈願して社殿を建立し鏑矢を奉納。中世を通じて薬師如来を本地仏とする修験道の霊場として崇敬され、近世には秋田藩主佐竹氏からも社領を寄進され、現在の里宮は8代曙山佐竹義敦の建立。戊辰戦争では奥羽鎮撫総督九条道孝の祈願所となりました。現在も東北地方を中心として全国に三吉神社が祀られており、太平山講、三吉講も広く分布しています。
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社殿(昭和52年竣功)。
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屋根は太平山の姿を模した変形の流造りで、祈祷拝殿、授与所、社務所等が併設されています。
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拝殿蟇股・木鼻等。
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28.4
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拝殿向拝神額。
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三吉大神。
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虹梁・手鋏等。
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拝殿内。
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案内板「太平山三吉神社総本宮」より…『◎御祭神…少彦名大神、大己貴大神、三吉霊神◎鎮座地…◆奥宮(太平山山頂(標高1171m・秋田市太平山谷))◆里宮(秋田市広面字赤沼3の2)◎おもな祭事…◆梵天祭(1月17日)◆どんと祭(1月最終日曜日)◆春季例祭(5月7・8日)◆夏越大祓(6月30日)◆開山祭(7月17日)◆講社大祭(8月8日)◆閉山祭(9月17日)◆秋季例祭(10月16・17日)◆師走大祓(12月31日)◆月次祭(毎月8・17日)◎由緒…霊峰太平山に祀る当社は天武天皇の白鳳2年(673年)5月、役の行者小角の創建と伝えられ、桓武天皇延暦20年(801年)征夷大将軍坂上田村麿が東夷征討の際戦勝を祈願して堂宇を建立、奉納された鏑は神宝として今に伝えられています。また戊辰の役では奥羽鎮撫総督九條道孝卿里宮に御祈願されるなど、古くより勝利成功・事業繁栄の霊験高い守護神として崇敬を受けております。秋田藩佐竹累代の藩主も崇敬篤く第8代曙山義敦公は風光明媚な赤沼の地を賞し雪見御殿を築かれました。北海道から福島までの各地、またブラジルに祀られる三吉神社・太平山講・三吉講の総本宮として【みよしさん】【さんきちさん】の愛称で呼ばれ、全国より参詣者が訪れています。平成19年10月には伊勢の神宮祭主池田厚子様の御参拝を仰ぎました。◎奥宮…太平山は秋田県のほぼ中央に位置し、古来より薬師の峰・修験の山として崇められ、今も県内外より多くの登拝者を迎えています。7月17日の開山祭に御神体を里宮よりお遷しし、9月17日閉山祭までの間神職が籠もり祈願を行います。天然の秋田杉やブナ林、また湧き水など手付かずの自然が残る山は清浄さに満ち、御来光をはじめ男鹿半島・鳥海山・岩木山など広大な絶景が一望できます。山頂までは旭又・野田・木曽石・丸舞等の登山道があります。◎里宮…かつて女人禁制の山は道も非常に険しく、容易に参詣が出来なかったため、太平山の秀影を東方に仰ぐ秋田藩主佐竹公の雪見御殿跡の赤沼の地を里宮としました。現在の社殿は昭和52年に改築されたもので、屋根が太平山の姿を模した流造となっています。◎みよし梵天祭…梵天とは神霊が宿る依代のことで、稲穂や御幣で形取った物など様々な形があります。現在では円筒の竹カゴを色とりどりの布で飾ったものが一般的です。毎年1月17日には、地元町内・企業の青年がほら貝を吹き鳴らして神社に集結し、1年の五穀豊穣・家内安全・商売繁昌などの願をかけ、派手に先陣を競いながら梵天を奉納します。俗に<けんか梵天>と呼ばれる荒々しい神事は、春を待つ秋田衆の心意気溢れる勇壮さで知られ、多くの拝観者で境内は大いに賑わいます。』
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太平山山頂(左:奥宮御社殿、右:山小屋)。
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1月17日梵天祭。
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拝殿前にいくつかの灯籠等があります。
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神楽殿(御祭神別雷大神)。
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宮比神社。
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御祭神は宮比大神、坂上田村麻呂大宿禰(田村麿大神)。拝殿内の小さな鳥居には大正6年6月17日の紀年銘が見えます。
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太平山遥拝所。霊峰太平山の秀影を遥かに仰ぎ、手を合わせる所。
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太平山奥宮のご案内…『霊峰《太平山》は、古来より薬師の峰・修験の山として崇敬を集めるとともに、秋田市のシンボルとして永く親しまれてきました。山頂(標高1,171m)には当神社の奥宮が鎮座し、毎年7月17日-9月17日までの間神職がこもり、祈祷奉仕を行なっております。●併設の山小屋(宿泊25名可)は6月上旬開所。秋田県のほぼ中央に位置し、山頂からは世界遺産白神山地・男鹿半島・大潟村干拓地・大館樹海ドーム・能代火力発電所・仙北平野・鳥海山など県内が一望できる素晴らしいパノラマが広がります。またご来光(朝日)や日本海の夕陽、満天に広がる星空なども格別です。』
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登山口のご案内。
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飲山亭(秋田藩主佐竹公の雪見御殿)。飲山亭の名前の由来は、古く神社東側にあった潟に舟を浮かべて、お酒を入れた盃に太平山が映り、それを飲み干すことから名付けられたそうです。
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東参道です。東参道は駅東の発展に伴い昭和57年に設けられました。鳥居は明治35年に奉納されたもので、元々神社正面の階段上にあったものを現在の社殿建立の際に東側に移設。
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東参道鳥居前には神武館三吉道場があります。平成7年5月8日に太平山三吉神社の宮司が健全なる青少年の育成に貢献したいとの想いから建立した当社武道場において活動する少年剣道を対象とした道場。武道場では神武館三吉道場の剣道を始め、空手、レスリング、ボーイスカウト57団などの活動が行われています。なお、2階には様々な形状の梵天や神社に関わる史料などが展示されています。神武館三吉道場前に石灯籠一対。なお、神武館三吉道場横の大駐車場内奥にある赤い鳥居は赤沼稲荷神社です。地元赤沼講中の方々によって女郎子山に祀られていた稲荷社で、平成22年に移設されています。赤沼稲荷神社の横には祖霊社(平成6年竣功)もありますが、いずれも紹介省略致します。
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東参道入口付近にある赤沼唐松神社。御祭神は唐松大神。大仙市協和鎮座の唐松神社より、地元赤沼の講中の方々が子授け・安産の神様の御分霊を頂きお祀りしています。平成20年に現在地に移設。
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こちらも東参道入口付近にある雪見稲荷神社です。平成13年に函館市の関係神社より奉納鎮座。
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