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岩手県二戸市福岡字上平。※地図上では岩手県二戸市福岡字杉中。
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狛犬一対(大正14年9月)。
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3.5
参道石段。
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石壇奉納者氏名碑(大正14年5月竣工)。
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途中踊り場があります。
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踊り場から左に曲がって神社正面。
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踊り場にある石祠や庚申・廿三夜塔。
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同じく踊り場にあった金勢大明神碑(天保15年4月)と金勢様。台座が手水石のようになっており、穴が空いているのも珍しいですね。
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9.8
狛犬一対(昭和2年9月5日)。
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10.2
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石灯籠一対(慶應2年)。
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末社の琴比羅宮。
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末社。
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部分的ですが、棟札には「文久三年七月十日」「大物主命」「別當」「遷坐守護」「再建神誓叶」「武運長久・五穀成就」などの文字が見えました。
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猿田彦尊・月夜見尊。
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末社。扁額読めず。
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末社内。荒れていて胸札見えず。
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石段改修工事落成記念碑(平成12年9月吉日・秋葉神社講中一同)。
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手水石(慶應2年)。
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御祭神は軻遇突智神。例祭日9月7日。ちなみに「二戸まつり」は450年以上前から受け継がれて来た呑香稲荷神社、愛宕神社、秋葉神社の三社大祭で、神輿を先頭に9台の風流山車が、ヨーイサ、ヨイサの掛け声とともに目抜き通りを練り歩きます。
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寛政2年(1790)・享和3年(1803)に大火があり、その後下仲町・下町・田町・杉中等に火伏せの鎮護とすべく、文化元年(1804)近江商人桝屋半兵衛が現在の地に鎮護し、当初秋葉権現堂と称しておりましたが、明治2年に神仏分離令により秋葉権現堂を秋葉神社と改称。
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福岡・秋葉神社の由来(拝殿にあったパンフレット)…『秋葉神社は「火の神さま」です。火は、われわれ人間には大切な生活必需品でありますが、使い方を一歩誤れば大変な災害を起こすこともあり、常に大切に扱わなければならないものであります。秋葉神社は、慶長年中(1600)の頃から、福岡村の「中の山」(現、陣場山付近か)に鎮座されていましたが、約200年の長い間御堂は壊れたまま放置されていました。延享元年(1744)から、享和3年(1803)までの約60年の間に、落久保から上町、横丁、そして杉中、中町、田町までの間で、約10年に1回ぐらいの割合で、5回もの大火災に見舞われています。大火が頻繁に続き、街の復興が出来ない間に再び大火災が起こることを心配した町民たちが、商人枡屋半兵衛と相談し、半兵衛は代官所に懇願いたしました。福岡の政治・経済の中心地である場所が復興できない状態に、深い関心を示した代官所から、「中の山にある秋葉小社」を、上平台地に御遷宮せよとの許可がありました。文化元年(1804)に杉中の下斗米長人から土地を借り受け、講中を作り、神社再建に着手しました。翌2年に「秋葉権現社火伏せの神」として完成し、家内安全鎮火の産土の神として御遷宮しました。(明治6年県庁に報告した文書の写より)その後、大火災は無くなると同時に町は復興し、われわれは、秋葉神社を日常生活を見守って下さる「火の神さま」として崇拝するとともに安心して暮らすことができるようになりました。どうぞ皆さん、日頃から家内安全を祈願し、秋葉神社を今後も一層盛り立てて下さるようお願いいたします。秋葉神社講中』
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境内は秋葉児童公園の隣接しています。
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公園内巨木。
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