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八戸市櫛引烏沢。曹洞宗岩龍山凉雲院。烏沢集落の北西、馬淵川左岸の国道104号線沿いに位置。当初は近くの寺沢にあったともいわれています。
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山門。
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御本尊釈迦如来。山号の由来は不明ですが、昔は蟠龍山とも称していました。
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天保年間に火災に遭っており、記録物が焼失しているため、開山年等は不詳です。但し、明和年間の御領内寺院来由において開山を法光寺八世の久室英長としており、その没年が慶長11年であるため、開山年は少なくともそれ以前であると考えられます(※慶長19年久室英長開山としている資料もあります)。なお、同和尚は坂牛涼雲寺の開山でもあります。『御領内内寺院来由』によりますと、涼雲寺は法光寺(南部町)の末寺で、久室英長和尚が櫛引村から馬淵川を越えた烏沢の地に巌龍山涼雲院を創建し、その後、延宝年間に隠居所として坂牛村へ草庵を編んだのが涼雲寺。その頃は涼雲寺も凉雲院と称していたようで、則誉守西上人の「順礼次第記」には「南ノ方ニ禅寺涼雲院アリ」と記されています。昭和17年の宗教法人令の際に涼雲寺と命名。
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明治初期に寺子屋を開いておりました。明治9年から3年間に渡って開かれており、生徒は8歳から13歳までの男子30人、科目は読書、習字、算術でした。
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昭和10年に2度目の火災に遭っていますが、この時は過去帳(檀家の戒名や死亡年月日を記した帳簿)5冊と、本堂の鐘だけは何とか持ち出して被災を免れております。先代住職が再建にあたるも、戦時中であったため新築は禁止され、旧家を買っての再建であったといいます。福地村の小泉地区から移転していた子安地蔵も火災にて焼失しましたが、安産や子育てに御利益があることから、地域の要望により、昭和28年に烏沢婦人会によって新たに寄贈されています。
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本堂内に賓頭盧尊者を祀っていますが、当寺のものは少し変わっており、撫でるのではなく、紙を張り付けることになっているそうです。
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南無地蔵願王菩薩。
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昭和57年12月吉祥日建立。※碑文省略
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こちらには「為三界萬霊六親眷属七世父母也 元文五申天六月廿五日」とあります。
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稚兒観音。
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12.5
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