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「縣社黄金山神社」の社号標と石灯籠一対、鳥居一基があり、その横に濱神社があります。境内西麓に鎮座し言代主神(恵比須尊)を祀ります。往時は金華山港の亀石上に祀られており、漁を司る神として漁期に入ると豊漁を願う漁師により掛魚等が常に奉納されたといいます。現在の亀石は堤防で陸続きとなっていますが、それ以前は小舟で渡る必要があり、近代になって参拝が困難な理由から内陸部に遷座されたようです。本殿は方1間入母屋造平入銅板葺。例祭7月10日。なお、亀石は古く亀島とも呼ばれ、女人禁制時代に牡鹿半島に住む亀という女人が禁を犯しての渡島を試み、山鳥渡を泳いで渡って上陸しようとしたところ神の怒りによって石に変えられたものと伝えます。
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濱神社…『例祭日7月10日。御祭神の八重事代主神は漁業家の崇敬が厚く、また恵比須様として庶民に多く慕われてまいりました。平成元年3月15日に崇敬者皆様方の御奉賛によりお宮は新しく建て替えられました。』
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表参道道中。
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表参道を振り返るの図。
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狛犬一対。
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7.5
子安地蔵へ。この物置小屋横の建物の裏手になります。
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ここから向かうと、このような感じで裏側から見えてきます。
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寛政4年。台座正面には「三界萬霊・先祖代々・海上安全」とあります。
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元々は海上安全と先祖供養を祈ったものとして全国各地の海上要地に建てられたもので、筑前唐泊浦、函舘、津軽青森など6か所あるうちの1つ。
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五十鈴神社。
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神池。
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開山上人脱履の跡。
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五十鈴神社『例祭日6月16日。御祭神天照皇大御神、豊受大御神。天照皇大御神は吾が国皇室の御祖神にして光華明彩(ひかりうるわしく)日の神と称えられ豊受大御神は食物を主宰し給う大霊神として伊勢神宮の内宮、外宮に祀られ皇室の尊崇殊に篤し。』
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山頂への登り口右側の小高い丘の上にあり、ちょっと不安定な石段を登ります。
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足元に気を付けましょう。
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五十鈴神社社殿。
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神楽や獅子舞等が奉納される舞殿(※手前は五十鈴神社鳥居)。
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舞殿正面。
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八大龍王神・弁財天石像。例祭日は7月最終土曜日。御祭神八大龍王神。昭和58年1月20日、元船場と呼ばれる「瀧の尾」の海中より、八大龍王神の石碑が顕現。嘉永3年と刻まれており、恐らく当時瀬戸を走る漁船の安全を護るため、元船場の丘陵に建てられていたものと考えられます。それが永い年月の間に山崩れ等の変動によって落下し、海中に没していたものと推測。石碑顕現の年より明治の神佛分離令以降途絶えていた龍神まつりが復活されました。現在境内の大黒尊像、恵比須尊像の右側に沢を挟んで建立されています。
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案内板より…『◆八大龍王神…嘉永3年庚戌歳(1850)今より160年前、嶽の尻(通称元船場)に建立されたものですが、永い年月の風雨波浪のため海中に没し、昭和58年1月約130年振りに顕現、同年3月1日神社職員、漁師の手にて海上厳かに遷行され、同年5月8日神社境内に台座共復元建立されました。龍王は海祇神(海神)のことであり八大龍王は八柱の神で形はみな龍で水の神であったところから海上安全・大漁満足・五穀豊穣の神として熱烈なる信仰が続いております。◆辯財天像…当神社は神佛混淆時代に辯財天を御本尊として大金寺と称し日本五大辯財天の一社として多くの信者を集め隆昌華麗を極めました。この石像はその当時境内に祀られていたものの一部で、年代その他について不詳判読出来ない非常に古いものです。辯財天と龍神は主従の関係にあり此処に八大龍王神と併せて建立された有難い石像であります。』
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御神木(欅)。
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拝めるようになっています。
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御神木(樹令800余年)案内板より…『悠久千二百四十年の歴史を綴る黄金山神社の境内には到る処に樹令幾百年もの大木が聳えております。とりわけ御神木と崇められております当欅は、樹令八百有余年を数え古耒修験者の難行苦行の様や神詣りの人々を見守ってまいりました。御神靈の宿る荘厳なお姿に靈島金華山の神秘の世界がうかがわれます。』
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恵比須尊・大黒尊像前の灯籠二対。
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恵比須尊・大黒尊像。
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大きいです。
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昭和37年5月13日建立。
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かなぐい神社。※かなぐい=金に椿の字の日が臼となる字。金属のくいの意。
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随神門から拝殿に上る石段の南側、杉木立の中に鎮座。『封内風土記』に伝える創祀縁起に因む神社で黄金山神社の鎮守とされ、明治以後は大己貴神始め12柱の神が祀られています。本殿は方1間入母屋造平入銅板葺で、諸末社中最も精巧な造りとなっています。
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御祭神:大己貴神、少彦名神、大國主神、菅原道真公、天宇受賣神、月夜見神、大年神、奥津彦神、奥津姫神、外三柱。
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案内板より…『例祭6月25日。この御社は大国主神と共に天神様(菅原道真公)も御祀りしてあります。即ち学問、書道の神様として崇められて居られます。』
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金華山辯財天銭洗所。
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500円洗っておきました。
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『銭を洗い清めて世の不浄を落とし御種銭として身に付けることで神明の感応を得福徳を授かりましょう。』
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「此の山の水盡くるなし大茂」六山人。
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六山人略歴…『本名水野豊。明治11年4月23日生、昭和13年10月10日没。旧高田藩士西馬門選者水野龍孫の長男として生る。大正14年「枯野」選者。昭和3年「ぬかご」主幹後「茨の実」主幹。東京弁護士会会長、東京中野区議会議長、法律新報社、草津電鉄、佐藤衡器、豊菱製氷、万座温泉豊国館等の社長として活躍した。句碑建立除幕式昭和5年3月28日「念願の凝りし此の碑よ梅白し」六山人』
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辯財天奉安殿へ。
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辯財天奉安殿(頂上大海祇神社遙拝殿)…『平成元年3月18日己巳歳、記念事業として建立されました御殿内には市杵島姫命(辯財天)の御神像が祀られております。』
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辯財天奉安殿護摩木御焚き上げの御案内…『当神社は昔から我国の五大辯財天の一社として全国にその名を知られ辯財天の御神徳を称える斎火として護摩木を焚き、一切の悪事の根源を消滅して諸願を成就させる大護摩祈祷を執り行って参りました。辯財奉安殿は頂上奥殿に祀られる辯財天の遙拝所として平成元年己巳歳御縁年大祭を記念として建立され、殿内には神仏習合時代から伝わる御霊験あらたかな辯財天像二体が奉祀されております。御参拝なさる方は先ず左側に用意された護摩木に住所、氏名、願い事を書いて、そなえ付けの箱にお納め下さい。護摩木は己巳の御縁日祭に御焚き上げされ、皆様の諸願成就が祈られます。護摩木御焚き上げ料1本500円以上。金華山辯財天の広大な御神徳を仰ぎ、ありがたい御利益を授かりましょう。金華山黄金山神社』
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石灯籠一対。
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辯財天奉安殿。頂上に鎮座する奥院大海祗神社の御祭神を遥拝するための場所で、中には辯財天像を安置されています。
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平面図が八角形なのは夢殿などの仏教建築によく見られますが、吉田神社の太元宮など神道にも見られます。道教では八角形は全宇宙を表し、完全なる世界の象徴です。
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八臂の辯財天が安置されるのにふさわしい建物といえます。
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裏側から。
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黄金山神社社殿の石垣。
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川に沿って登っていくと頂上登山口です。
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黄金山神社の拝殿裏手からも行くことができます。
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金華山山頂に奥ノ院として鎮座する大海祇(おおわたつみ)神社は、かつて竜蔵三社大権現社と称され、海上守護の神で十一面観音の垂迹とされた竜蔵権現を祀り、或いは弁財天または蔵王権現を祀るとの別伝もありましたが、明治以後は大綿津見神、市杵島姫神(神仏習合時代には弁財天の垂迹)、天之御柱神、国之御柱神の4柱を祀る形に改められています。本殿は桁行1間梁間2間の神明造銅板葺、前面屋根に身舎幅よりやや狭い向拝。例祭3月18日。社殿近くには修験道祭祀の名残りを見せる護摩壇が東方海上に面して組まれていますが、そこではなお火の上に日の出が来るように柴燈護摩が焚かれています。
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滑石神社。
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滑石神社…『祭神-武甕槌神。例祭日1月26日。頂上まで1500米。』
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お水取り場(滑石神社水取り場)。
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他に金光水、銀光水、天狗の力水などがあります。
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更に上へ。
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滝!?
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ではありませんでした。
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滑石貯水池…『黄金山神社と参詣者の飲料水と防火用水にするため、昭和29年と昭和40年の2回にわたって造られたものであり、1,000立方メートルの水を貯めることができる。玉垣の中にある滑石神社は、武甕槌神を祭ったもので、島に住んでいる神鹿を従えて渡って来た神と伝えられている。』
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奥ノ院登拝口。時間が限られているので行けません。
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ってことで長くなりましたのでラスト『黄金山神社 ~ 其之参』へ続く。
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