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宮城県石巻市鮎川浜金華山。当記事は別記事『金華山(石巻市)』からの続きになります。
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当記事で紹介するのは黄金山神社境内のみです。他に水神社、奥の院大海祇神社(頂上に鎮座。例祭日3月18日。御祭神:大綿津見神、市杵島姫神(仏号辯財天)、天之御柱神、国之御柱神)等各所見所もございますが、チャーターでも参籠でもないため、時間の都合上紹介できません。祈願者による「お山がけ」も行われ、それには大きく表廻りと裏廻りの2種がありますが、表廻りは本殿背後の末社滑石神社から山中の奇岩奇石を巡って菖蒲平に達し、そこから山頂無双峯に登って大海祇神社を拝すもの。裏廻りは無双峯から同様に巨岩を拝しつつ胎内潜りを過ぎ、開山上人座禅石や山形石等の奇石を経て東海岸迄下った後に、千畳敷、千人沢、大函崎、賽の河原と東部海岸を巡り、阿弥陀峠を越えて本殿に帰ります。このような行動をしたい方はチャーターか参籠しかないですね。
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主な祭典神事のご案内。祭祀の日程及び内容については公式HPをご覧ください。
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6年に1度の式年柴燈大護摩祈願大祭・火渡祭。
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神輿御旅所。
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弔鯨魚碑。細かい内容は見ていません。松田庄助に関わる内容で、紀年銘は大正6年1月、東洋捕鯨株式會社社長岡十郎撰竝書。
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社号標・参道入口・大鳥居。
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大鳥居(昭和52年丁巳御縁年大祭奉納)。
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参道を振り返るの図。鳥居裏に大燈籠一対。
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大燈籠建立について…『昭和8年5月、初巳大祭に際し、岩手県一関市、新田十次郎殿により、大燈籠一対建立奉納さる。その後、60年の歳月の経過による地盤の沈下著しく、基礎及び台座が大きく傾き、大燈籠の笠石他に深い亀裂破損をみる。依りて、平成5年、改修工事を計画するに至り、栃木県株式会社大岩建設、代表取締役岩見力殿より会社創立20周年記念として、新たに御影石による大燈籠改修工事の御協賛を得る。又栃木県株式会社谷黒組代表取締役谷黒克守殿の御賛同を得、両社より多大なる浄財を賜り、更に、この工事に併せ旧社号標と附近の境内整備を施工し、崇敬者同志一同より御奉賽を賜り、下記に御芳名を刻し、深く感謝の意を表する。平成6年5月初巳大祭』
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景色がいいです。
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海の向こう側にある建物をズーム。
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「ホテルニューさか井」でした。
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山側には滝のように水が流れて落ちています。
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参道を振り返るの図。
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山側から流れ落ちてくる川。
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17.5
表参道と裏参道の分岐点。裏参道を進めば参集殿に着きます。なお、無料送迎車は裏参道を進みます。当記事で紹介するのは表参道です。
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この付近に神鹿がたくさんいました。周囲は鹿の糞だらけです。避けられません。たぶん踏みます。諦めてください。現在約450頭(少なくて約300頭、多くて約700頭の数で自然により変動します)くらいおり、猿は現在250頭くらいとされています。有名な神鹿角切り行事祭では、境内周辺の雄鹿約15頭の角を参拝者の安全のために切り落とすということが行われています。金華山では鹿は神使とされ、神鹿とも呼ばれます。仙台藩初代藩主の伊達政宗が金華山において鹿狩りを行ったとの伝えがあり、事実とすれば古くは狩猟も行われ、保護はされていなかったことになります。それが江戸時代後期には鹿狩りの神罰によって勢子1,000人が海に沈められたとの伝えがあるので、近世以降に神使と見做されるようになったとも考えられます。また、境内社の滑石神社の御祭神(武甕槌神)が茨城県鹿島神宮の分霊で同神宮が鹿と親密な関係をもつので、そこから金華山の鹿も神使とされたのではないかという推測もあります。
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環境省かおり風景100選認定「金華山の原生林と鹿」…『金華山は、太古の姿そのままのブナやモミの原生林が残り、野生の鹿や猿が生息しています。そこには、潮風にのって花の匂い、草の匂いが漂い、まさに自然の息づかいを感じることができます。多くの人々に心地よさや安らぎを与えてくれるこの貴重な存在を、これからも大切にしたいものです。石巻市・金華山地域保護活用協議会』※隣に「ニホンジカのくらし」という案内板もありますが内容は省略。
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土井晩翠歌碑。
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「あゝ金華山千歳の昔に聞きし黄金は 今その胸に空しとも 霊境永く霊ありて 無声の教 登臨の子にとこしへに施すか 感謝捧げよ名山の鎮むるところ東海の 此邦永く愛すべく この民ながく頼むべし」土井晩翠
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22.5
参議院記録部長小野寺五一、鮎川町長鈴木良吉建立。昭和28年5月1日。
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表参道石灯籠。
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橋。上記の川に架かる橋です。
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長くなりましたので『黄金山神社(石巻市)~其之弐』へ続く。
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