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新山神社(五戸町)』からの続きです。
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本殿の周囲が遊歩道になっており、本殿をじっくり見ることができます。
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本殿。
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本殿は昭和13年(昭和11年1月3日起工・同13年9月10日竣工)に建立。
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5.5
一間社流造り、銅板葺き、組物や、懸魚、彫刻などの細部に繊細な彫刻が施されています。
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6.8
高い位置にあるのと、私のホコリだらけのカメラのせいで綺麗に撮れていませんが、素晴らしさは伝わるかと思います。
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7.2
7.4
7.8
脇障子。
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かっこいいですね。
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本殿周囲の御神木。
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10.5
拝殿前に戻ります。拝殿前の石碑等の紹介。
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征清凱旋紀念碑。
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明治百年記念碑(記念事業:裏参道開通。昭和44年8月18日)。
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新山神社(明治35年7月18日)。奉納者は森田村の方。
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御即位大典記念植樹碑(樅10本・銀杏10本、大正10年11月14日)。手水舎付。
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奉新山神社拝殿一宇銅板屋根葺替落慶碑(平成8年8月18日)。
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皇紀2600年記念碑(昭和15年11月18日)。
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裏面には「皇紀2600年記念事業石段改築工事并ニ記念碑建設寄附者氏名」。
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御神木切株。
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本殿新築寄附者名碑(昭和13年旧7月18日)。
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仰徳碑(鈴木汀石謹書・昭和35年旧7月18日)。
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裏面には「新山神社御輿奉納寄附者芳名」。
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新山神社由来碑(昭和33年旧7月18日)。
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裏面碑文「新山神社主祭神大國主命鎮座之由來」…『南部三郎光行公ハ清和天皇十代ノ後胤ニシテ甲州ノ南部ニ御座アリシニ文治五年奥州ノ藤原泰衡ヲ討滅ノ後二十余年ヲ経テ尚奥州安泰ナラズ 故ニ將軍實朝公ハ南部光行ニ命ジ惡徒ヲ討ツテ其ノ領主タルベキ旨御下文ヲ賜ツテ承久元年己卯ノ十二月ニ東奥ノ糠夫郡三戸ニ下向シ同二十九日相内ニ到着シ三戸山根川ヲ経テ田子ニ至リ翌年三戸附近ヲ平定シ平良﨑ニ城ヲ築キ後此所デ御卒去サレタノデ雲樹院照山輝公ト改名セリ 南部公ニ随員トシテ來リシ又重弥五郎秀次ヲ総軍勢先手旗頭ノ一人トシテ千石三十人ノ士ヲ付ケ鎗三本鉄鉋十梃弓二張大綱十繰ヲ与ヘ北ノ小敵ヲ討タントシテ弥五郎ニ命ジタ ヨツテ弥五郎秀次ハ又重ニ城ヲ築キ附近ヲ平定セリ 當時甲州ヨリ御守リ奉リシ祭神大國主命ハ現新山神社ニ祭リ賜フト傳フ』
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竣工記念碑(日向堰土地改良区、昭和26年積雪寒冷単作事業、昭和26年、28年災害復旧事業・昭和30年11月建立)。裏面碑文…『文治五年録千石又重弥五郎秀次が舘町に築城住居して当地方を開發したと言ひ伝えられる。明治廿年日向堰水利組合が創立其後村長の維持管理下にあった処昭和廿四年六月土地改良法が制定法に基き同廿六年二月九日日向堰土地改良区創立以後事業を開始国庫補助金六割五分を得て本事業施行完了。永久に豊穣祈る。』
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境内御神木。
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26.8
天満宮・社務所、参集殿。
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天満宮は昭和48年社務所改築に伴って社務所内に移転。御祭神は天満天神。
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新山神社と社務所はこのように繋がっています。
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天満宮向拝。
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天満宮前石灯篭一対(文化9年7月)。
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31.5
天満宮前狛犬一対(明治41年7月18日)。状態は良くありません。
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32.5
社殿横の夫婦神社へ。
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夫婦神社参道。
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「夫婦神社と縁結の木」…『「在天願作比翼鳥 在地願為連理枝」(天にありて願わくば比翼の鳥となり)(地にありては願わくば連理の枝とならん)。この詩は、唐の詩人、白樂天の長恨歌の一節にあり、男女の変ることのない愛情、夫婦の分ち難い恩愛を表したものです。比翼とは伝説上の鳥で雌雄一体となって飛ぶ鳥のことで、男女の深い契りにたとえられる。連理とは一本の木の幹や枝が他の木の幹や枝と連って、木理(もくめ)が通じていること。夫婦一体にたとえられる。』※新山神社入口にあった案内板と全く同じものです。
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夫婦神社は平成4年9月新築。例祭日は9月25日。
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社号標(平成4年9月25日)。
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本殿。
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社殿裏に高さ約20mのエノキと、ほぼ同じ根元から出るケヤキの木があり、ケヤキの枝がエノキの幹にピッタリと寄り添っていることから、古くから縁結びの神として信仰されてきました。
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五戸町指定天然記念物(エゾノキ・ケヤキ・キハダ)とあります。
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どうやら本殿裏の1本は伐採されているようですね。よって全然夫婦になっていません。
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御利益は変わらないと信じましょう。
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こちらの建物はわからず。
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以上、彫刻の素晴らしい新山神社でした。
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