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青森県三戸郡五戸町倉石又重字前平。かつての又重村。五戸年行事多門院配下の修験の三明院があり、新山権現の別当となっていました。同権現は明治以後新山神社となり村社に列しました。例祭日には鶏舞を奉納。牧野の開設から馬神の信仰も広く行われており、幕末の「萬覚扣帳」によりますと、又重村の神社仏閣28か所中6か所が正善堂(蒼前堂)となっています。
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案内板「新山神社と夫婦御神木」…『新山神社は貞観2年(860)の創建と伝えられている。その後、元禄2年(1689)盛岡藩士木村秀晴によって此の地に遷宮されました。尚現在の社殿は昭和6年(1931)に造営したものです。【本社の祭神】一.大国主命。一.素戔嗚命。一.少彦名命。一.蒼前大神。一.天満天神【世にも不思議な御神木】当新山境内に不思議にも2本の巨木が合体となった夫婦御神木があります。古来より、人々はこれを「縁結びの神」とも呼んで、信仰しております。(御神木は上の社殿の西側にあります)平成5年8月18日』
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案内板より…『【新山神社主祭神】大己貴命(大国主命)【新山神社合祀神】素盞嗚尊・少名彦命・蒼前大神【天満宮祭神】菅原道真公【夫婦神社祭神】大国主命【年中行事】一.元旦祭(1月1日)一.安全祈願祭(1月1日)一.交通安全祈願祭(1月2日午前10時※受付9時)一.開運除厄祈願祭(1月2日午後2時※受付1時30分)一.春祈祷(1月16日-18日)一.祈年祭(5月1日)一.例祭(前夜祭-8月17日・大祭-8月18日)一.天満宮例大祭(9月25日)一.夫婦神社例大祭(9月25日)一.勤労感謝祭(11月23日)一.年越祭(12月18日)一.除夜祭(12月31日)製作平成19年8月』
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案内板「夫婦神社と縁結の木」…『「在天願作比翼鳥 在地願為連理枝」(天にありて願わくば比翼の鳥となり)(地にありては願わくば連理の枝とならん)。この詩は、唐の詩人、白樂天の長恨歌の一節にあり、男女の変ることのない愛情、夫婦の分ち難い恩愛を表したものです。比翼とは伝説上の鳥で雌雄一体となって飛ぶ鳥のことで、男女の深い契りにたとえられる。連理とは一本の木の幹や枝が他の木の幹や枝と連って、木理(もくめ)が通じていること。夫婦一体にたとえられる。』
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手水舎。
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手水石。
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社号標「村社新山神社」。
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正面参道石段。
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石灯篭一対(皇紀2600年)。
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石段を上ります。確か97~98段くらいだったかな。
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石段途中の石碑「奉納新山神社」。
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石段上の鳥居。
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石灯篭一対(昭和16年8月15日)。
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社殿前狛犬一対(昭和14年7月18日)。
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台座碑文…『當神社本殿新築ハ昭和十一年一月三日起工同十三年九月十日竣工ス之ヲ記念センガタメ吾等総代人及有志ト相謀リ石造唐獅子一對神社ニ奉納ス』
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手水石。
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社殿前石灯篭一対。
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新山神社の創建は貞観2年(860)に慈覚大師円仁(平安時代の高僧、第3代天台宗座主、入唐八家)が奥州下りの際に又重で休養した礼に獅子頭を作り、又重権現として奉納して勧請されたのが始まりと伝えます。当初は又重権現と称していましたが、元禄2年(1689)に盛岡藩士(五戸代官所代官)木村又助秀晴が現在地に遷座して社号を新山権現に改めています。境内は1370坪を有しており土地高燥にして樹木繁茂し大国主命を祀ります。毎年8月18・19日の「新山神社三社例大祭」で奉納される「舘町鶏舞」は五戸町指定無形民俗文化財に指定。
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現在の拝殿は棟梁森田定吉、彫刻本田万太郎によって昭和6年(1931)に建立されたもので、入母屋、銅板葺き、平入、正面千鳥破風、桁行4間、正面1間向拝付、向拝柱の昇り龍・降り龍、木鼻に獅子、獏、欄間には唐獅子などの彫刻が施されています。特に彫刻は県下でも珍しいもので大変見応えがあります。五戸町指定有形文化財。
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蟇股。
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向拝柱の昇り龍・降り龍と木鼻の獅子・獏。
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海老虹梁。
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海老虹梁・手鋏。
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向拝神額。
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拝殿の扉にも素晴らしい彫刻。
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唐獅子の彫刻がたくさん。
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向拝に掲げてあった御祭神。
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拝殿脇障子。
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千鳥破風彫刻。
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境内神楽殿。
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神楽殿ではなく長床かな。よく見ると広い境内の周囲にはこのような建物が並んでいます。
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そして各部落名の札が掲げられています。
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例大祭には部落ごとに集まって神楽や舘町鶏舞等を見ながらお酒でも飲むのかな…と想像。
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