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横山不動尊大門(上写真)、鳥居(下写真)。
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「石の鳥居について」という案内板がありましたが消えかかっていて読めませんでした。明和2年(1765)3月28日建立とのこと(平井茂兵衛)。
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宮城県登米市津山町横山本町。東北三十六不動尊霊場(26番札所曹洞宗白魚山大徳寺、御本尊釈迦牟尼佛、開山竹甫慶玉大和尚、永正元年改宗開山)。日本三不動の一つに数えられ、国の重要文化財で弘法大師の御作といわれる高さ約5mの木造の不動明王が安置され、その胎内には百済国から渡来したと伝えられる黄金の尊蔵が納められています。天然記念物で不動尊の「御使姫」といわれる境内のウグイ、県重要文化財の青銅五重塔などの見所があります。
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参道。
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案内板より…『当山鎮守大聖不動明王は、日本三不動の1つに称され、本堂内に祀られた御本尊は弘法大師の御作であるます。凡そ今を去る800有余年前、77代後白河帝の保元元年(1156)百済国(現韓国)より志津川湾水戸辺浜に着岸、西條重信と称する供■(草冠に護)の従士、霊感により当邑横山中森山中央に一宇を建立し、尊像を安置し給うたと言われます。中の森山とは、本堂裏の山林で現在内より600メートル余の山上の奥の院と称される所です。当時は真言の道場で明王山金剛寺と称していましたが、永正元年(1504)当邑館主男沢蔵人公が改めて禅刹(曹洞)とし、白魚山大徳寺と呼称し自らも厚く信仰をされました。天正18年(1590)葛西左京太夫晴信公が山麓に本堂を遷されて深く信仰いたしました。貞享2年(1685)仙台城主伊達綱村公、高堂五段四面の本堂を御再営され、供養了として地行高武貫文並びに宝物等の御寄附があり、代々御墨付きを頂戴し、伊達家の祈願所として栄えました。大正15年(1926)3月、附近の民家より発生の火災が忽ち延焼し本堂は焼失してしまいましたが、幸にして御本尊は災禍を免れることができました。現在の堂宇は昭和3年(1928)5月7日再建完成されました。保元の御代より昭和の現代まで800有余年、法燈連綿として栄え、霊験あらたかなる庶民の守り本尊として厚い信仰を受けております。』※年中行事、史跡・その他(天然記念物うぐい)、青銅五重塔については省略。
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手水舎。
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山門。三間一戸、入母屋、銅板葺、正面軒唐破風、八脚楼門。外壁は真壁造り素木板張り、上層部に花頭窓、高欄付。
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扁額「白魚山」の揮毫は山岡鉄舟(鉄太郎)。
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金剛力士像。
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10.5
楼上に十六羅漢像を安置。
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11.5
鐘楼。
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山門をくぐると加茂川があり、加茂川橋を渡ります。
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山門(裏から)。
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国指定天然記念物横山のウグイ生息地。
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青龍権現(昭和46年)。
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「加茂川の水清みかもうぐひらは靡く玉藻に透きて泳げり」省吾
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裏面碑文…『昭和28年10月6日白鳥省吾先生来遊されうぐいと五重塔を一首一句に詠まれた。築館中学での後輩西條邦泰は碑建立を志し、伊藤馨(横山)、須藤三次(横山)、五島孝治(登米町)三氏の協力により平成2年5月これを建てた。書は来遊時白鳥先生が書かれたものである。』
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出世弁天堂。
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白鳥省吾歌碑「秀明菊うす紅の上乃五重塔」省吾
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本堂の横へ。
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横山不動尊のスギ(スギ科)。
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横山不動尊のスギ(スギ科、津山町指定文化財)…『スギは日本特有の植物で、和名のスギは、すくすくと伸び幹が直立していることに由来するという。さて、不動尊のスギの木立は本堂に向かって、左方の池の近くに8本繋がっている。また、本堂右側の拓魂碑を取り巻くように、23本の老木が杉並木をつくっている。一方、奥の院にもスギの大木があるが、境内のスギとは対称的に極めて男性的な樹姿を呈している。推定樹齢300年-400年。幹周3m-3.6m。樹高40m-45m。津山町教育委員会』
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招魂碑・支那事変大東亜戦争戦没者銘碑。
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この地域(横山)の戦没者慰霊碑。日露戦争10名、大東亜戦争109名。当記事では参拝巡路とは無関係に紹介しております。ちなみに参拝巡路は①仁王様(阿形)②本堂・不動明王堂③胎内秘仏④金剛護童子像⑤石経塚群⑥火留め木⑦青銅五重塔⑧稲荷堂⑨太子堂⑩招魂碑⑪五大堂⑫弥勒堂⑬薬師堂⑭弁天堂⑮青龍権現⑯仁王様(吽形)※説明は参拝順路案内板に沿って紹介しております。
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太子堂。聖徳太子を祀ります。
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稲荷堂。御祭神は荼枳尼天(お稲荷様)。福徳開運の万能神。
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五大堂。五大明王(中央:不動明王、東:降三世明王、西:大威徳明王、南:軍荼利明王、北:金剛夜叉明王)を祀ります。
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弥勒堂。弥勒菩薩は釈迦入滅の56億7千万年後にこの世を救う未来仏。
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青銅五重塔。基座166.7cm、354.5cm、地上総高536.4cm、墓高さ195.4cm。屋根を別々に鋳造し組合わせたもので塔身は中空。仏教寺院において重要な役割を持つ建造物。青銅製でこの様に大きいものは全国でも珍しいもの。県指定有形文化財。
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横山不動尊青銅五重塔の縁起…『一、完成年月日…明和3年(1766)5月15日。二、建立発願者…鐵山策牛和尚。甲州信光寺の僧、鐵山策牛和尚は、大徳寺にきて40年間も仕えた。この間、浄財を集めて、十六羅漢を作ったり常夜燈を設置したり、木魚などの法器を寄付させたりし、さらに五重塔の建立を発願し努力した。しかし、完成を見ることなく明和2年(1765)6月3日亡くなった。行年73才。塔の後に葬られた。三、志を継ぐ…大徳寺14世、日相運明大和尚が事業を引き継ぎ明和3年5月完成、6月3日鐵山和尚の一周忌に落慶供養式を挙げ、塔の後に鐵山和尚の供養塔を建てた。四、五重塔の概略…全景の高さ536.31cm、青銅部分の高さ354.51cm、石の基座部分167cm四方・高さ180cm、費用二千切六百五拾五文(現在の額で約6000万円)。形態は荘厳優美、鋳造技術や建築意匠は抜群で、江戸中期の青銅造りとして異色があり、建築学上、貴重な塔といわれている。五、制作者…仙台の鋳工師高田定四郎慈延、早山彦重郎春次、早山八重郎一次。六、宮城県教育委員会、昭和32年1月16日重要文化財として指定。七、俳句に詠れる「秀明菊うす紅の上乃五重塔」省吾(昭和28年8月6日、詩人白鳥省吾先生が来て詠まれた)八、句碑…平成2年5月25日建立。津山町教育委員会』
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鐵山策牛和尚供養塔(明和3年)。墓碑の頂上に偏平な宝珠をのせており正面には地蔵を浮彫。
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長くなりましたので『横山不動尊 ~ 其之弐』へ続く。
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