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青森県三戸郡五戸町倉石又重。氣比神社。
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記念碑。詳しく見ていません。
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二之鳥居。
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三之鳥居越しに社殿。
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御神木。
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6.4
6.8
手水石。
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拝殿向拝神額「氣比神社」。
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拝殿内。
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本殿。
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気比神社…『【所在地】五戸町大字倉石又重字下平1-1【境内地】12坪7合4勺【一.祭神】この神社の棟札には「奉仲哀天皇気比神社」とある。祭神は、足仲彦尊、即ち14代「仲哀天皇」である。【二.ご神像について】山田部落の蒼前様馬神像は、どっしりと重い石に、上古の馬に僧形衣装を着用した、貴人の姿が刻み込まれてあり、平安末期の造詣を見せている。素朴な彫りの中に、大慈悲心を示現してあり、足仲彦尊の尊像を象徴している。【三.由緒】気比神社は、今から430年以前にさかのぼる、又重牧の開牧年代から、部落の住民達全員で参加する産土神的な祭祀組織が生まれ馬信仰を支えて来た、精神文化史の貴重さを知らしめている。【主要祭事】・7月14日例祭(前夜祭)昭和55年神社大改築の年より始まる。・7月15日例大祭。・10月1日誕生祭。平成14年に御神像が行方不明になり、新たに御神像を取得した日を誕生祭とし、平成14年10月1日より行う。平成26年作成。参考文献:倉石村史・新山神社史。作成委員:高屋敷文雄・細田順作・竹洞兼雄・髙村修・細田浩。額製作奉納:竹原陽吉。書:川村淑子』
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年表。
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こちらは拝殿内にあった物語…少々読みにくい箇所がありますがそのまま掲載。っていうか…話の内容はわかるのですが…あまり神社の歴史には関係ない話のような気も…特に男のくだり笑
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『此神社の実話に基づいて語り継がれている、お話を後世に伝える為に書いたものがたりです。牛の為なら何んでもする、愛情溢れる、働き者のお婆さんのお話終戦まもない、ある年の秋の収穫も終り、冬近くの頃…萱屋根の下…家族同様に飼っている、黒毛の母牛が予定二日前の夜産気づき、お産するかなと思い暫らく見ていたが産みそうもなく、時間ばかり過ぎて…ふと不安な気持になったお婆さん気がつくと、何時も手を合せ牛の健康と安産をお願いしている此神社へ足が向っていたそうです。真夜中の一時頃真暗闇の中灯も何も持たないで通いなれた小高い森の中へ木で作った土止の階段を登り茅葺の神社に着くと戸が一人入いる位開いていたそうです。真暗闇だったけれど少し目がなれて来て…それでも暗い神社の中へ…御神像を祀っている前へ進み正座して…鈴を鳴らして拝もうとしたその時…北角の方へたばこの床用として落葉を盛り上げていた中から…ガサガサと音がして…男の顔がニューと出たそうです。お婆さんびっくり仰天腰ぬかして「でだあ」と叫んだそうです。何せ真夜中の一時頃鈴の音にびっくりした男の人も「お前何にしにー来たー」と聞いたそうです。…お婆さんぶるぶる頭の髪毛は一本立…然し気をとり直しておら家のベゴが子っこ産しそうで何時も蒼前様に頼んでいるので拝むに来たと言うたら…「あっそうかわかった」「わ何もかもねしけ拝んで行くんだ」…と言うて又落葉の中さガサガサ音たてで入ったそうです。お婆さん恐しいやら動転するやら…然し改めて鈴を鳴らして牛の安産をお祈りして帰ったそうです。夜が明けてから親戚の人達が来てベゴの子っこ無事に生れたそうです。お婆さんあの男「ほいど」で…雨露しのぐに一晩の宿にと泊ったが寒いので木葉の中に入っていたと思うと言っていたそうです。どっとはらい。』
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