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上北郡六戸町鶴喰日向山。鶴喰若宮八幡宮の近くです。
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入口付近に鳥居はなく、また、その先の参道も普通の山道といった雰囲気で、鳥居も見えないので戸惑うかも知れませんが、少し歩くと鳥居が見えてきます。
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鳥居。
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参道も綺麗に整備されております。
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鳥居をくぐるとすぐに社殿が見えてきます。距離的もさほどないので軽装で大丈夫です。
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山なので社殿は木々に囲まれております。切妻屋根妻入、間口2間、奥行3間。
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地元では「オソゼさま」と呼ばれています。かつて日向山の麓、同舎の下方には伝染病に罹った馬を葬った馬墓地(馬捨て場)跡があり、この供養のために創建されたと考えられています。また、鶴喰集落には長慶天皇廻国伝説も残されており、天皇の愛馬を葬った場所であるとも伝えますが、この伝説は信憑性に欠けています。
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社殿内。牛の絵が多く見えます。御神体は2体あります。1体は高さ25cmの石像で、命婦礼服の騎馬神像。向かって右側面に「享保十四年酉天」、左側面に「鶴喰」と銘があり、摩耗が激しい状態です。そこで昭和46年旧8月15日にこの御神体を模倣してセメント製の高さ30cmの文官朝服姿の騎馬神像が奉納され、旧御神体と同様に「享保十四年酉天」とあります。古い御神体は女神像であり、新しいのは男神像で男女一対で安置されています。そもそも御神体は元々2体あり、男神像が失われていたために(昭和46年4月15日の例大祭の日に御灯明の引火により不明となったと伝えます)新たに男神像として制作。例大祭は隣山の鶴喰八幡宮とともに祭典を行い、直会は年配者が八幡宮、若者たちが駒形神社にて催していたといいます。
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石灯籠一対(昭和14年旧4月15日)。
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狛犬一対(昭和14年旧4月15日・発起人:松橋善治、田中常太郎、保土澤喜三、田中治太郎)。
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こちらは神社参詣の帰り道、すぐ近くの三叉路にあった石碑です。
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鶴喰金比羅宮参詣碑(高さ121cm・幅78cm・奥行42cm)。裏面碑文「昭和二年十月十日納之 上北郡六戸村大字鶴喰 保土澤健造 田中與野 田中久次郎 松橋善治 松橋茂吉 保土澤長助」。田中久次郎の父佐部は大変信心深く、朝夕水垢離をとって33年間十和田神社に参拝された方です。この碑は2度目の参拝時のものです(1度目は徒歩、2度目は汽車)。
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庚申塔・追分石「左ハ八戸通 右ハ五戸通」。追分石でもありますが同村では悪疫退散の性格が強いもので、賽の神の役割を果たしています。
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