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青森県十和田市滝沢中渡。滝沢地区にある中渡八幡宮は、南部氏の祖の氏神である八幡宮を甲州から遷うつし創建したと伝え、櫛引八幡宮と深い関わりを持っている歴史ある神社。
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鳥居脇の御神木は中々の大きさです。
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3.5
神社前の風景。美しいですね。
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両部鳥居。
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御神木。
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6.4
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御神木切株。
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社殿前参道。
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社殿。
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石灯籠一対(寛政10年8月10日)。
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狛犬一対(昭和48年旧6月18日)。
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八幡宮神社歴…『延歴1826年仁安4年新羅三郎義光の4代の孫加賀美次郎遠光が甲斐の国巨摩郡南部の郷に八幡大明神を勧請し治承4年(1840年)遠光の三男光行が源頼朝より軍功があって陸奥の国に南部の郷を賜り建久2年(1851年)家士対嶋平次郎等が八幡大明神の御神体を奉持し糠部五郡の藩領である滝沢(中渡)に遷座し本宮八幡宮として信徒から崇敬されたが貞応元年(1882)年堀川天皇時代に大祖南部光行(盛岡)累代の志をつぎ三戸郡櫛引村に分封し現在の櫛引八幡宮となっている。即ち南部五郡で當神社の来歴は最大の古跡でその歴史は後世に輝き茲に史跡を建立した。昭和36年9月14日建立中渡八幡宮』
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地方力士記念碑(大正8年旧7月15日)。
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行司名が記されていました。
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明治37・38年戦役凱旋紀念碑(陸軍少将依田廣太郎謹書・明治40年8月15日三五義勇會建立)。
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手水石。
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御祭神は誉田別命。相殿におがみ神(旧米田村から明治6年5月遷座)、おがみ神(旧米田支村石倉から遷座)、駒形神(御祭神保食神・同月中ノ渡から遷座)、稲荷神(同月本村より遷座)。例祭日は9月15日。御利益は五穀豊穣・家内安全など。
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創建については諸説あります。「建久2年(1191)に南部三郎光行が糠部五郡の領主として入部した際に、対馬(津嶋)平次郎景満に命じて甲斐の南部郷より氏神の八幡宮を移させたと伝えられています。貞応元年(1222)にそれを八戸の櫛引に移しました。これが南部氏総鎮守一之宮櫛引八幡宮であり、中渡八幡宮は滝ノ沢本宮八幡宮と呼ばれました。」・「南部三郎光行公は文治5年(1189)7月に源頼朝の奥州征伐に従軍し、戦功を立て、その功により糠部五郡を賜わり下向した際、南部家に縁深き対馬平次郎景満公(現滝沢家先祖)が南部家氏神八幡大菩薩を第2世実光の命により、甲州より20人の家臣と守護勧進し、社殿が造営されるまで古舘(現六戸町小平)に仮殿し、社殿造営された建久3年(1192)7月16日滝沢村中渡に鎮座され、その後貞応元年櫛引村に遷座され、櫛引八幡宮と呼び、中渡八幡宮は滝ノ沢本宮八幡宮と呼ぶ習わしとなり、中渡八幡宮にあった宝物が一緒に遷されました。昔は軍神と呼ばれ歴代将軍が出陣の際は御神霊を身につけ戦場に赴き、又日清より第二次世界大戦に至るまで武運長久を祈願し、軍馬の御加護も祈願した中渡八幡宮は糠部五郡を亘り信徒を持つ塩釜神社に次ぐ大社で南部一ノ宮・奥州二ノ宮と称されていました。」。
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十和田市滝沢地区の旧家滝沢家が所有していた古文書『陸奥南部糠部郡瀧澤中渡正八幡宮縁起』(正徳5年)によりますと、南部家家臣の滝沢某が甲州から御神体を背負って来て中渡に小社を建て安置したとあります。滝沢某は、ある時、良い夢をみて、社を他に遷そうと考えます。たまたま飛び立った鳩を追ったところ、櫛引の里にとまりました。これを神のおぼしめしと思い櫛引に社を遷します。これが櫛引八幡宮となります。一方、中渡の旧社は荒廃していきましたが、正徳4年に滝沢義昌が改めて小社を創建しました(同地区にある木の枝に鏡像が引っ掛かっているのが見つかり、これを御神体として祀るために創建したといいます。)。櫛引八幡宮は南部家の庇護のもと南部領総鎮守一宮の地位を確たるものとしました。中渡八幡宮は「滝ノ沢本宮八幡宮」と呼ばれ、滝沢家は櫛引八幡宮の「御神事御用」を明治の初めごろまで担ったといわれます。両社との関わりが深い滝沢家は、家に伝わる古文書類を市に寄贈しており、現在その解読が進められています。※2018年4月、青森県十和田市は、市郊外の滝沢地区の旧家・滝沢家から寄贈を受けた江戸時代から近世までの古文書220点を調査・翻刻した成果をまとめた「滝沢家文書翻刻集」(非売品)を刊行。現在、十和田市民図書館をはじめ県内主要図書館などで閲覧できます。
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9月の例祭(第3日曜)では市無形文化財に指定(昭和40年10月8日)されている滝沢地区伝統の南部駒踊が奉納されており、地元の保存会によって勇壮な舞が披露されます。甲斐より遷座させた際に、この遷座を命じられた対馬平次郎景満が八幡宮行事を組織するとき、当事の出陣から行軍、戦場での騎馬戦、凱旋の様子を素朴な舞踊で表現したのが、滝沢駒踊の起源といわれます。
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拝殿蟇股。向鶴。
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木鼻。
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虹梁。
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向拝神額。
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拝殿内。内部には昔の絵馬なども数多く飾られています。
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本殿。唐破風懸魚は九曜、小口かくしはすべて武田菱。
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社殿横の建物。
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こちらの建物もわからず。
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日清、日露、日支、大東亜戦争戦没者慰霊の碑(昭和34年9月14日)。
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石灯籠一対(昭和33年9月14日)。
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招魂碑(陸軍中将白井二郎書)。
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境内西の鳥居。
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上記の鳥居をくぐり、道路を挟んだ場所にある小祠。
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33.5
棟札見えず。紀年銘は明治。
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小祠の裏にある石。
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