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宮城県栗原市栗駒渡丸。かつての渡丸村で、江戸期から明治までの村名として綿丸とも見えますが、地名の由来は平安期の初め、陸奥出羽の按察使文室綿麻呂が蝦夷経営の際、勇名をとどろかせたため、その名にあやかったとも考えられています。※但し、綿麻呂の征定は岩手の奥でのことであり、この推定が妥当であるかは不明。「白鶯山文書」応永25年9月4日付、先達職預置状に「くろせ・わたつまつ」と見え、「わたつまつ」は「わたつまろ」で渡丸のことかとも考えられます。
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鎮守は延暦年間、坂上田村麻呂勧請と伝える駒形権現社。ちなみに私の地図では「馬形神社」と記されていました。社号標は「村社駒形神社」。
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手水石。
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馬が彫られています。
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狛犬一対(昭和15年3月29日)。
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6.2
6.4
6.6
石灯籠一対(昭和4年旧9月29日)。
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7.5
ちょっと胃下垂気味ですね。
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参道。
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中々な石段。
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上から見た石段。
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スキーのジャンプ台みたいですね。冬が楽しみ!来ませんが。
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12.5
石段途中からの社殿と壊れた手水石。
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13.5
当駒形神社の主祭神は大日靈尊。例祭日9月29日。
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桓武天皇の延暦20年(801)、征夷大将軍坂上田村麻呂の創祀と伝えます。また一説には、栗駒山鎮座の駒形根神社の遙拝所として延暦9年(790)に勧請したとも伝えます。
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一村の鎮守として崇敬厚く、社地を駒山と称し、全山を社領としています。はじめ修験法楽院別当でしたが、後に和合院がこれに代わり、明治まで続きました。明治15年5月村社。
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拝殿内。
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本殿前に馬。
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境内石祠。
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きちんと見ていませんが馬頭観音でしょうか。
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境内には同じような石祠が何基もありました。
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