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青森県八戸市徒士町。
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長根公園、YSアリーナ八戸、更上閣の近くです。
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鳥居。周囲にたくさんの猫が住み着いている神社としても知られているようですが、神社前に怪我をした猫がおり、何もしてやれなかったのが心残りでございます。
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鳥居の先には階段が続いていますが立入禁止でした。
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八戸市武道館南に「稲荷町」という地名がありますが、ちょうどこの階段を上った付近が稲荷町になります。稲荷町の町名由来はかつて八戸産馬畜産組合(通称八戸産馬組合)の事務所(現在の弓道場)の南側寄りに稲荷神社が祀られていたことから命名されています。この稲荷神社は12~13坪の広さで、こんもりとした杉や雑木が茂っていたといいます。由緒等はわかりませんでしたが、場所的に稲荷町の由来となった稲荷神社である可能性は非常に高く、少なくとも大正初期以前には鎮座していたものと考えられます。昭和30年頃に八戸産馬組合が根城へ移転し、遊園地ができ、八戸タワーの展望台ができて、稲荷神社は長根リンクを臨む場所に移ったといいます。また、根城の産馬組合の方に移ったともいわれており、根城の産馬組合の馬頭観音がそれであるとの説もあります。大正2年に八戸産馬組合が開設されたことにより、稲荷町界隈は大変な賑いとなり、八戸のセリ市の中心地となりました。八戸産馬組合のセリ市は毎年9月から10月にかけての約1ヶ月間開かれ、盛岡、仙台、福島、北海道などからも馬商が集まりました。その盛況ぶりは満州事変から引き続き、太平洋戦争まで続いたといいます。八戸地方で生産されセリ市に出される馬は、軍用乗馬、砲兵馬、騎兵乗馬、競争用馬が主でした。
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二之鳥居。
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手水石(大正15年10月)。
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参道脇に小祠。
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何かはわかりませんでした。
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小祠の前にはこのような面白い灯籠があります。
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社殿前に灯籠一対。
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狐一対(大正15年10月、石工中居金藏)。
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御祭神は宇迦之御魂神。稲荷様は本来五穀豊穣の神でしたが、その後、商いの神ともいわれるようになり、現在でも八戸の旧家、大店の御屋敷の一隅に稲荷様が祀られており、家人は毎朝のお参りを欠かしません。八鶴の河内屋、磯旭の楢館酒造店など稲荷神社をお屋敷にお祀りしているところは多いといいます。八戸信用金庫(現青い森信用金庫)の屋上には諏訪稲荷神社が祀られ、「御利益があらたか」といい、現在も行員が祈願しているとか。その他、八戸市内だけでもかなりの数の祠がお屋敷や神社、集落の産土神に合祀されております。
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社殿にこのようなものが貼られていました。合祀しているのでしょうか。
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