日本では古来より、奇岩や巨木、大嶽、瀑布、水源などに秘められた神聖なるものを見出し、神々が宿る場として崇め奉り、自然災害や飢饉、疫病、難病など人間の力ではどうにもならない困難に直面した際の救済力を頼み、五穀豊穣や福徳などの所願成就の利益を期待し、畏敬の念を持って信仰を伝えてきました。このような神々が宿る場を龍穴(りゅうけつ)といい、津軽の地にも神道、仏教の神々が宿るとされる場が点在しています。龍穴へと向かう道筋は龍脈と呼ばれ、神々の御加護を授かる幸多き道。津軽龍神霊場は津軽各地で信仰されている龍穴(龍神・龍王)を祀る神社仏閣を繋ぐ霊場です。
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龍穴を巡る※今後更に増える予定
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青龍寺(青森市桑原山崎)清瀧権現…『かつて弘法大師が唐の都、長安にて青龍寺の恵果和尚より密教を相承し帰朝した際、密教守護の鎮守、青龍も大師に付き随って来たという。以降、海を越えてやって来たこの龍神は水を表す「さんずい」を加えた「清瀧権現」と呼ばれ、密教興隆・伽藍安穏の鎮守として真言宗寺院に勧請されている。青龍寺では「清瀧の滝」に勧請し、信心篤い善男善女の災難消除、身体堅固そして水難消除、雨乞いに験があるとされている。【本尊】大日如来【龍神】清瀧権現』
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廣田神社(青森市長島2丁目)八大龍神宮…『◆悪縁切り良縁結びの双龍神◆天保13年(1842)創建。万物の命を生む水を司る当水神の御社は、初め弁財天堂と呼ばれ、後に淡島神社となれば広大無辺の神慮に北前船の商人等の帰依信仰篤く、航海安全を乞願い住吉神社も合祀された。年普くうちに龍神合一に至り、何時しか八大龍神宮と呼ばれ一層の尊貴を受けるようになった。その御神徳は祈雨を仰ぎ一切の災禍を水に流すという灼然なるものである。【御祭神】市杵島姫命・弥都波能売神・底筒男命・中筒男命・表筒男命【例祭】6月8日【御縁日】毎月8日■龍神の瀧と護神の瀧…昭和53年(1978)に整備された"廣田苑"には大小二つの滝があり、雄瀧は"龍神の瀧"、雌瀧は"護神の瀧"という名を授かり神魂を宿している。■黒龍の神池…神池に湧く地下水の幽闇な黒さは人々の悩み苦しみを呑み込んだ形象であり、古くから"ヒロタの龍神様に行けば悩みを吸い取られるで"と云われ、名鏡止水の祓濯を成すものである。近年では大東亜戦争の空襲の折、神池に飛び込んだ者は皆助かったという。』
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照法寺(青森市新城平岡)新城白龍大権現…『開山照法和尚は各地を巡り修行に明け暮れたが、新城城跡に辿り着きここを自らの行場と定めた。行の最中、白蛇に遭い、その場所を掘り起こすと清水が湧いて出たという。和尚は井戸を掘り祠を建て地名から新城白龍大権現と名付けた。以後、地域の五穀豊穣・災厄消除、また人々の身体健全・無病息災の加護に験のある龍神様として信仰されている。現在、井戸は他の場所に移されているが、元の井戸との水脈の中央には鐘楼堂があり、参拝者がこれを撞くと龍神様へ願いが届くと伝えられている。【本尊】聖観世音菩薩【龍神】新城白龍大権現』
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専稱院(南津軽郡大鰐町)十和田竜神宮…『大鰐町は岩木川の大支流である平川の水源地域にあたるため水神信仰に関係が深く、阿闍羅山も古くから水神信仰の山でもあった。頂上には小十和田の名のある小池があり、十和田様といって竜神を祀る風習が江戸時代には既にあった。現在においても、旧暦八月朔日にはお山参詣が行われ、山頂の竜神宮への参詣が行われている。【本尊】阿弥陀如来【龍神】十和田竜神明王■散供打ちの占い…「新撰陸奥国誌」によると、「江戸時代には大鰐や蔵館の人々が集まって所願成就を願い、懺悔を唱えて登山し、山上の祠を拝んだあとに、小池の小十和田を拝んで、小さな白紙に三粒の米を包み、池の中に投じ、沈めば納受があり願望成就し、浮けば願いが叶わないとされ、後に来る時に戒慎する。あるいは深く信ずる者は池中に霊牛の影を見るという。」とある。』
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猿賀神社(平川市猿賀石林)閼伽井堂…『仁徳天皇55年(367)、御祭神田道将軍は北夷の反乱平定のため東北に兵を進めるが戦死、蝦夷その墓をあばくにたちまち遺体大蛇と化し暴夷を滅ぼす。200年後、田道神霊、大洪水の流れに従い漂木を舟に白馬にまたがり当地に移遷祠に祀られるが、大同2年(807)勅命により社殿が造営され深砂大権現(しんしゃ)として祀られる。古くから鏡ヶ池に龍神が住むと伝えられている。【御祭神】水波能女神』
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胸肩神社(弘前市品川町)弘前弁天宮…『大同2年(807)坂上田村麻呂将軍、念持尊体の弁財天を勧請の上大野に堂社を建立侍臣を神主とす。寛文2年(1662)現在地に遷座、明治6年弁天宮から胸肩神社に改称するも、今も津軽地方一円に「品川町の弁天さま」と呼び親しまれている。境内には「弁天さまの清水(スズコ)」と呼ばれる湧水が古くよりあり、龍神様の根源として信仰されている。【御祭神】弁財天・胸肩三女神』
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久渡寺(弘前市坂元山元)金蛇八大龍神…『津軽三十三観音霊場一番札所として知られる久渡寺は、弘前市近郊の田畑を潤す土淵川源流を抱え、古くから龍神信仰が盛んな霊地でもある。金蛇八大龍神を祀る龍神堂や護摩壇の龍柱があり、境内の龍神杉には清水が湧きホタルやサンショウウオなどが生息している。また、門前の坂元地区にある白蛇神社とも関係が深く、毎年七月に開催される白蛇神社例大祭では、久渡寺山主が地域の五穀豊穣・無病息災の祈りを捧げる。中世以降、神仏和合の信仰形態を色濃く残し続ける聖地である。【本尊】聖観世音菩薩【龍神】金蛇八大龍神』
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聖心寺(弘前市百沢東岩木山)五色龍権現…『霊峰岩木山は曼陀羅であり、諸佛・神々が住居する聖地であり、別名「白龍の峰」とも言う。開祖聖心和尚、岩木山に入山、山頂において修行された時、白龍大権現を感得された。その龍神は、大日如来の光明に包まれて五つの色に輝き、「五色龍権現」になったと伝えられている。それ以来、當山鎮守として、東西南北の守護の為五つに分けて勧請しているが、ご利益がそれぞれ異なり、青龍神は芸能運、金龍神は家庭運、赤龍神は勝負運、白龍神は金運、黒龍神は健康運のご霊験があり、各々の龍神が持つ玉は、人々の願いを叶える「宝」(宝珠)であるとされている。【本尊】大日如来【龍神】五色龍権現』
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津軽赤倉山神社(つがる市稲垣町繁田若竹)若竹龍神社…『若竹龍神社が鎮座する場所は、その昔沼地であった。この沼地を埋め立てて出来たのが現在の土地であり、その沼地の主であった龍神様を「若竹」という地名にちなんで「若竹龍神大神」と称え祀っている。境内には、弁財天、八大竜王、船魂龍神大神を併せてお祀りしている。【通称】龍神さま【御祭神】若竹龍神大神【例祭】10月第一日曜日』
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高山稲荷神社(つがる市牛潟町鷲野沢)髙山龍神宮…『此のあたりは往古より湿原で沼が点在しており、近くには竜女伝説の田光沼もあり、龍神信仰が自然に芽生え受け継がれてきた環境にある。明治の初年には村人たちが稲荷神社南側の龍神信仰の聖地としてきたこの自然の沼地を整備し神池を造成したことにより、更に信仰が広がり龍神様が棲む龍神池として称えられ信仰されてきた。【通称】髙山龍神【御祭神】大海津見神【例祭】旧暦3月11日■本殿・拝殿…昭和18年に樺太真岡に漁業を営む山岸ふで氏が、高山龍神様の教えで大漁を授けていただいたとして、立派な龍神宮本殿を奉献。昭和28年には、龍神池を一大改良し本殿を現在地に遷座。昭和42年に現在の拝殿を御造営。■水占い(散供打ち)※サングウチまたはサンゴウチともいう…この龍神池には水占いの信仰があり、一般的には米や銭を和紙に包んで投じたり、御幣の紙をちぎり紙撚りにして願いをこめて投じ、その浮き沈みの状況によって神意をうかがい判断した。■神占祭…旧暦3月10日の早朝、祈年祭に引続き龍神池において「神占祭」が執り行われる。古より伝わる散供打の御占(うらない)によって、今年一年の吉凶を占う神事である。』
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円覚寺(西津軽郡深浦町深浦浜町)大愛海龍王…『江戸時代、深浦湊は北前船の交易で繁栄した港であった。当時は大時化に遭うと、船乗り達は「ちょんまげ」を下ろし、神仏に一心にお祈りをした。その時、龍神様が境内の龍灯杉の梢から光を放ち、船乗り達を港へと導き助けたというのである。円覚寺にはそのお礼に奉納された「ちょんまげ」があり、今でも海上安全の信仰をあつめている。【本尊】十一面観世音菩薩【龍神】大愛海龍王』
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