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岩手県二戸市金田一上田面。最初「トキメキ」の追分石と読み、ちょっとトキメキました。
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南無阿弥陀仏六字名号碑。南無阿弥陀佛と刻みます。
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紀年銘は宝暦2年7月25日。
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裏には三界萬霊等と刻みます。
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願主…あれ?追分石!?
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こちらは享保20年建立。
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願主。
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案内板を見ると本来餓死供養塔であり、追分石としての役目も果たしているとのこと。かつての追分石には道標としての役目の他にも、外から入ってくる悪の進入を防ぐ道祖神的意味もあったといいます。罪人が村送りにされて処分される際には村内ではなく追分の外で斬られ、その罪人の恨みが村内に入らないようにしたこともあったようです。追分石に地蔵や百万遍の石碑類が建てられているのは追分石と共に供養を兼ねていたとも考えられています。こちらの追分石は餓死供養塔であり、確かに位置的にも追分石の役目を果たすような場所にあります。すぐ目の前には上平の経塚もありますし、また同じ旧奥州街道沿いの少し離れた場所には二戸市最大の餓死供養塔もあります。
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トトメキの追分石(南無阿弥陀仏六字名号碑)…『これら2つの石碑は、それぞれ亨保20年(1735)と宝暦2年(1752)に建立された阿弥陀信仰の念仏を刻んだ碑で飢饉の死者を供養する目的があったと思われます。追分石を兼ねており、道路標識の役目の他に石の霊力によりここから村への災いの侵入を防ぐ願いも込められています。このあたりを「トトメキ」といい瀬音に由来する地名と思われます。追分石としては市内で最古のものです。平成10年3月二戸市』
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