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八戸市是川館前。苔生した参道がいい雰囲気です。
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参道。遠くに鳥居が見えます。
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参道を振り返るの図。
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どの地図にも記されている神社ですが、土地勘が無い人にはちょっとわかりにくいですね。
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鳥居。
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江戸期の是川村についてです。元和4年の南部利直知行宛行目録(南部家文書)に「是川」「下是川」「ほろこ」とあり、近世初期は根城南部氏の知行地でした。当村は上是川と下是川からなり「八戸藩日記」寛文8年11月の条に「上下是川」と見えます。本村は南の上是川に置かれたと考えられ、現館前周辺に当たると思われます。領内制礼場の1つで、天和22年に是川及び天狗沢に制礼が設置されました。登り街道沿いに位置する天狗沢と番屋には、天明2年肴荷改所、安永7年鍬鋤鉄荷改所も開設。寛文年間以降は母袋子の山でしばしば木材の伐採がなされ、八戸城下に運び込まれています。山守として近太郎の名が知られます。石の切り出しもみられ、寛文9年盛岡に砥石が送られ、安永元年には町堰用の石運搬などが当村に命じられています。「八戸藩日記」寛文8年11月の条に「追鳥被仰付上下是川石たらい中井林右四ケ所ニて雉子弐拾九羽取上」、翌9年10月には「妙野・松館・是川三ケ所雉子御運上壱歩判壱両弐歩」などとみえ、雉子などの狩猟地ともなっていました。「八戸藩勘定所日記」文化4年9月の条には「是川風張之橋河原より堀田ノ袋迄」とあり、青鵐の追場所とされました。漆かきの巧者に天狗沢の孫作がおり、元禄6年指導者として葛巻通に出向いています。一族は櫛引八幡宮の縁日で漆器を売り出したといい、八幡駒の創案者とも伝えます。寛政2年7月、当村の紺屋連中が藍の高値を理由に染賃の値上げを願い出ています。安政4年には八戸藩士の蛇口伴蔵が母袋子の地蔵沢から城下南方に水を引くべく計画。洪水に度々見舞われており、「雑書」承応2年8月の条に「八戸之内是川、松館、川目、十日市、新田、湊迄、洪水ニて田畠川押成ノ由」とあります。寛文7年8月には上是川で死者14人を出しており、馬8頭・牛1頭を失っています。天明5年8月の大雨洪水では風張橋・妻ノ神橋・差波橋・金や橋・堀田袋橋・中居橋の6橋が落ち、同7年5月の被害は「田形千九百五拾苅 内千弐百苅水押・四百六拾苅砂理・弐百五拾苅川欠、畑百七拾六つ役半 内八拾九ツ役水押・六拾弐役川流・弐拾五役川欠」。火事は正徳5年4月に13軒と馬6頭、享保5年5月に26軒、天保8年3月には11軒を焼失。寺は真宗大谷派の楞巌山清水寺と真言宗豊山派の八鳩山福善寺がみえます。清水寺本堂の西には清水寺観音堂があり、天正9年及び慶長18年の棟礼を所有。糠部三十三観音の第2番札所とされ、間口3間・奥行3間からなる単層・宝形造の同堂は国指定の重要文化財。館前には新山神社があります。
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社殿近くにだけ石段がありました。
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御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命、大山祇神。例祭日9月3日。旧村社。境内地91坪、本殿1坪、幣殿5坪、拝殿15坪。現在、神社の例祭は9月の第2日曜日に櫛引八幡宮の宮司により行われているそうです。
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万治3年9月12日に別当の林泉坊が新山大権現を勧請。是川郷中で崇拝し、明治4年には伊邪那岐命と大山祇神を奉斎して新山神社と称え、明治35年2月1日に是川村舘前の是川佐次郎氏が伊邪那美命を合祀。
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歴代社司は万治年中より修験である初代林泉坊、二代愛善院、三代大行院、四代地徳院、五代持福院、六代龍善院、七代利泉坊であり、明治初年に八代大行坊が還俗し、是川佐次郎と改名。旧社格は村社。宝暦5年の『堂林寺門間数改書上帳』によりますと、「文禄三年九月建立 施主是川村中」と見えます。これによりますと、現存する最も古い万治3年の棟札の記録よりも60年余り前に存在していたことになります。
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拝殿向拝。
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蟇股・木鼻。
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幣殿・本殿覆屋。
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不自然に置かれていた石。
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狛犬一対(昭和14年8月1日、是川義三郎、是川芳男、石工番地芳藏)。
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石灯籠一対(天保3壬辰年6月8日)。
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参道を戻ります。
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少し離れた場所に権現堂があるとのことです。
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恐らくこちらが権現堂。
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元禄13年に権現様(神楽)を中村亦兵衛が奉納したといいます。別当は愛善院・利泉坊といわれます。
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般若心経(平成4年春彼岸、徹翠拝写)。
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不動明王。
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色々と祀られている感じです。
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権現様。
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新山神社の神楽は一頭で春祈祷はせず、神社の祭礼時に演舞していました。第二次世界大戦後、後継者難で地元の演舞ができなくなり、南郷区(旧南郷村)島村地区の人々を頼んできて神楽を演じてもらうこともありましたが長くは続きませんでした。
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こちらはわからず。数枚の棟札があり、一番手前の棟札には一部「天照皇大神」と見えますが、暗くてよく見えず。
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形的には絵馬かな…完全に剥がれていますが。
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