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八戸市根城3丁目。曹洞宗三級山龍源寺。根城三丁目公園近く。根城三丁目の閑静な住宅街の一画。八戸御城下三十三番札所第十一番(聖観音)。
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仁王阿形立像・仁王吽形立像。
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無縁塚。
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一番手前に「故陸軍伍長勲七等功七級大久保藤五郎之墓」と「故陸軍歩兵伍長三浦與作之墓」がありました。
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永代供養塔。
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御本尊釈迦如来。阿弥陀如来の古仏が残されており、開創当初は浄土宗であったとも考えられています。根城南部氏時代に創建され、寛永4年(1627)の根城南部氏の遠野所領替えの際に移ったとされ、一時廃寺となるものの、その後、寛永10年には対泉院二世活厳が開山となり建立したとも伝えます。寛保4年の記録では「新井田村対泉院末寺」として記載されています。根城南部氏の根城在城時代には荒谷村(売市)の南端にある三軒屋の南側台地上り口(根城四丁目北東付近)にあり、後に現在地に移ったとされます。遠野移封後、その寺跡に新たに復興開山されたものとされます。
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山号・寺号は中国の仏教書である碧巌録の「三級浪高くして魚龍と化す」という一句に由来。古代中国の黄河流域の龍門では、治水事業により川が三段(三級)の滝となって流れ落ちていました。そこを登り切った鯉は龍と化して天に昇ると言い伝えられたといいます。このことから「鯉の滝登り」が立身出世の象徴とされ、「登龍門」の故事や鯉のぼりの風習に繋がったとされています。
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江戸時代に八戸地方で布教のために数多くの仏像を残した奇峰学秀作の韋駄天像が残されています。また、工藤祐経の子犬房丸に因む工藤氏の位牌と墓地、文化11年建立の俳人上野家文の墓石があります。家文は八戸城下二十三日町の商人・伊右衛門の号で、天明の飢饉の惨状を記した『天明卯辰簗』の著者としても知られています。上野伊右衛門は私塾を開いて町屋の子どもたちに漢籍や算術などを教えたほか、白梅舎家文という俳号で俳諧にもよく遊んだといいます。龍源寺には家文の七回忌と三十三回忌に、追善の俳諧献額が奉納されています。※墓石の下には家文が使った筆や書籍が埋めてあるとされましたが、区画整理時に場所を移すため掘り返した際には残念ながら見つかっておりません。
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龍源寺と根城三丁目公園の間の坂道。
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坂上から見た龍源寺。
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道路を挟んだ北側に根城三丁目公園。
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区画整理前は寺の敷地でした。
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根城三丁目のイチョウの巨木。この2本のイチョウの巨木が公園のシンボルとなっています。樹齢は不明ですが「三級山龍源寺誌 沢里の月」によりますと500年は経ているといいます。
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根城三丁目越しに見た龍源寺。
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