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青森県八戸市大字湊町縄張。鎮座地は縄張ですが、名称はホロキ長根秋葉神社です。
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青森県内には母衣部(ホロベ)、母衣内(ホロナイ)、母衣月(ホロツキ)、母衣懸(ホロガケ)、幌内(ホロナイ)などの地名がありますが、カタカナのままの住所は珍しいですね。アイヌ語に関係するものかと思います。「ホロ」とは「大きい」という意味であり、例えばホロナイの場合は大きな川的な意味になります。新井田川は島守の盆地を抜けて狭く蛇行を繰り返してやがて是川に抜けますが、新井田川沿いを南下した場所にあり、かつて人を寄せ付けにくいと言われた大きな渓谷には、母袋子(ホロコ)という地域名が残っています。こちらはアイヌ語によるホロ(大きな)コッ(窪地)に由来します。つまりホロキ長根の名称由来についても新井田川沿いの高台に関連するアイヌ語由来であると考えるのが自然かと思ったのですが、ネット情報によりますと、かつては新井田川沿いの台地に様々な神々が祀られ、ホロキ長根集落には祭主やイタコが多く住んでおり、「祓う」を方言で「ホログ」と言ったことが更に訛って「ホロキ」になり、つまりは「お祓いをする人々(イタコ)が住む長根(尾根)」であるとの説を見つけました。この情報については結果として確証を得るほどの情報等を見つけることができませんでしたが、上流の西母袋子には地獄沢と呼ばれる地区(磨崖仏が発見されている採石場)もあることから、どことなくイタコとの関連性も匂わせると感じたためちょっとだけ調べてみました。八戸では所謂オシラサマ信仰が盛んな時期があったものの、現在は世代交代により信仰の伝承が難しく、更にはイタコ(主に目の不自由な巫女)の減少によってオシラサマをしっかりと祀っている家はかなり減っているとのことですが、かつては八戸及びその近辺、県南各地の旧家にはオシラサマが祀られており、主に各集落の本家筋に当たる家に多く祀られていたことは確かです。オシラサマは農神様や織物の神様、養蚕の神様といわれ、オシラサマを祀る家では1年に1回は必ず箱から出して「おアソビ」をしました。オシラサマを「アソバセル」人を八戸地方では「イタコ」と呼び、この「おアソビ」をさせることを「オシラアソビ」とか「オシラホロギ」と言い、更にその「アソバセ」方は、巫女(イタコ)がオシラサマを両手で持ち上げ、祭文を唱えながらオシラサマに耳をすり寄せたり、撫でたりするわけですが、この行為を「ホログ」と呼んだそうなので、方言説にもかなり真実味があることはわかりました。八戸市史には『ほろぐというのは方言で、びっくり仰天することを「魂(たまし)ぼろぎ」といい、イダコが人形を持っておおげさに声を張り上げることは、聞く人のどぎもを抜いて心を淨める効果があるのかも知れない。』と書かれています。一方で、南部の伝説に登場する階上町の大渡周辺にあったとされるホロド沼はホロ(大きい)ト(沼)ですし(※沼を付けなくても「大きな沼」)、種差はタンネ(長い)エサシ(岬)もしくはタンネ(長い)サシ(昆布)、蕪島はカピュー(カモメ・ウミネコ)シュマ(岩場)と、かなりアイヌ語由来の地名が多いこと、更には八戸市史に『ホロギ長根の一部には水田が多少あった。アイヌ語で「ホロカ」は「後戻りする川」を意味する。満潮時に、海水が「汐入」付近まで遡行してくることがあり、川が逆流するあたり「ホロカ」の、山から続く尾根という意味と考えられる。新井田川が逆流してくるのが見えることから付けられた「汐入」の地名とも一致する。』とあります。ってことで、このように色々と調べてはみたものの、結局私には判断しかねるという結果になりました。長々とすいません。
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黒目明神社・ホロキ長根秋葉神社は海安寺門前にあるホロキ長根生活館の敷地内に鎮座。
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集会場の奥が祭壇となっており、土台下には井戸があります。昔はこの井戸水が霊泉として崇められていたそうです。この霊泉が秋葉(火伏の神)はもちろんのこと、黒目とも関係するのかも知れません。眼病に効くとか。
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御祭神は火之迦具土神を祀る秋葉様です。
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拝殿向拝神額「奉納 黒目明神 秋葉神社 砂庭啓祐」。
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狛犬一対。
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境内には朱の鳥居と狛犬の他、「稲荷大明神・申神様・龍神様」と刻まれた高さ56cmの石碑があります。
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