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秋田県大館市比内町中野東長内沢。
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祠かな。草木が茂り、近寄ることを許しませんでした。
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三嶽山神社案内板…『文化14年(1817年)の縁起略によれば、仁寿2年(852年)第三代天台座主慈覚大師円仁の開基となっている。言い伝えによると、延享年間(18世紀中頃)6キロ離れた長内沢の高嶺三岳山にある奥殿を人里の近くに移転したところ、突然ご本尊が消えてしまった。驚いて祈願したところ「世の汚塵の中にあるを欲せず…」とお告げがあり、ご本尊はそのお告げのとおり元の神社にいらっしゃったので、再び堂宇を建てて祀ったといわれている。ここは、前殿として嘉永3年(1851年)造営され、以後年々ここで祭典が行われている。初め正観音を本尊としていたが、後、イザナギ、イザナミを祀るにいたった。平成15年3月比内町教育委員会』
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手水舎。
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二の鳥居から石段です。
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6.5
正面に巨木が見えます。
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途中にあった記念碑(昭和13年戌寅4月18日)。
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鳥居が見えてきました。
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周囲は鬱蒼としています。
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御祭神は豊受比売命、伊邪那岐命、伊邪那美命、軻遇突命、天照皇大神、応神天皇、大名牟遅命、少名彦名命、大山祇命、彦火火瓊瓊杵命。
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例祭日は旧暦4月18日。特殊神事として鎮火祭があります。
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狛犬一対。
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御顔アップ。
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秋田県神社庁によりますと『当三嶽山の草創を尋ねるに、人皇55文徳天皇仁寿24年本朝天台宇第2祖円仁慈覚大師開基の霊山である。御本尊は開山大師自らの御作。入唐三国伝来の正観音の妙尊。既に今年まで1060余年。開山大師生国は下野国缶生郡親は左近将監行国、当山開基の後人皇56代清和帝の御宇羽州宝珠山立石寺を開基す。貞観6申年83歳正月14日御入滅被為成給う。羽洲宝珠山に卓立せる数10丈の巌あり。当山は溪川深々として花芳峯に異ならず。大師大唐に遊学して上山下化し本朝と晋門示現不思議の化道多けれども永く末代に及ぶまで女人結戒の霊山である。大正6年3月20日字林の沢村社熊野神社、同字無格社愛宕神社、同字八幡堂無格社八幡神社、同字無格社五條神社、同字無格社神明社、同字上野無格社真山神社、同字五日市岱無格社神明社、同字無格社山神社、同字柄井沢神社、無格社神明社、同字南大坊無格社稲荷神社を合併し村社に列す。』とあります。
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社殿。
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拝殿向拝。
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個性的な木鼻。
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拝殿神額。個性的な字体。
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拝殿内。
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幣殿・本殿覆屋。
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神楽殿。
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石塔2基。
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梵字の下に金毘羅山大権現・若木山大権現・八聖山不動尊。
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もう1つの石碑は読み取れず。
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唐松神社。
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神額(堂宇改築記念・昭和36年5月8日信者一同)。
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堂宇内。
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こちらは恐らく山の神。
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秋田県内でたまに見かける足。足手荒神という民間信仰があり、手足の病気や怪我に悩む者がその快癒を祈願するもの。手型や足型を奉納します。
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石碑。
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1つは奉齋三嶽山神社創立1125年祭記念碑(昭和53年4月18日・中野郷中氏子一同)。
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三嶽山神社1100年祭記念塔(昭和27年4月18日・三嶽山神社氏子一同)。
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石段があったので向ってみます。
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社殿がありました。
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社殿内。
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よく見えませんでしたが愛宕神社(棟札に「中野邑座愛宕神…」と見えます)のようです。大正6年に合祀された愛宕神社かと思われます。
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