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山形県酒田市日吉町。真言宗醍醐派春王山光国寺(光國寺)。御本尊聖観世音菩薩(元禄7年作)。
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今町はこの観音様を中心に四方に発展。
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庄内三十三霊場第二十番札所。荘内平和百八観音霊場第十一番札所。
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石灯籠一対(昭和12年5月)。
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狛犬一対(昭和8年11月10日、満蔵院十七世玄了代)。
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石仏。
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永正年間、知慶法師開山。御本尊の聖観世音菩薩は春日神工作と伝えます。
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かつて代々領主に崇敬され、更に港の発展と共に周辺も賑いを見せ、羽黒修験の酒田・飽海地区の拠点となり、本堂や釈迦堂、仁王堂が建立され隆盛を極めます。
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享保年間、寺運が衰退。大正時代に本堂再建。本堂屋根にある剣かたばみの紋は亀ヶ崎城主の紋とされ、亀ヶ崎城の中にあった寺が第20番札所であったことに由来。
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庄内札所霊場御縁起…『当山の旧記によると春王山満蔵院護持の観音堂は、出羽亀ヶ崎城の西方に、今を去る五百年程前の永正年中に、知慶法師が開創したといわれる霊場である。当寺に祀られている本尊の聖観世音菩薩は、春日神工の御作で、一般信徒をわが子のようにしろしめし。弘誓の深いことは海にもまさる御本誓という。この霊像が当寺に傳わり、御堂を建立して観音菩薩を安置した。最上義光が深く尊崇し三十三石の供養田を寄進され、一躍出羽国観音道場の節一位となり、以来庄内の領主はことごとくこれを尊崇したといわれる。その後この地も花の町と化し、本堂や釈迦堂、馬頭観音堂、仁王門などの伽藍も壮麗なもので隆盛を極めたという。不幸にもこれら壮麗な伽藍も享保(1716~1735)のころ灰と化したが、本尊雙輪の威徳は昔と変わらず、智慧の光高く慈悲の影は深い。大正(1912~1925)になって佛法興隆の時に逢い十万の信者の崇敬によって堂宇を再建した。観音堂屋根にきらめく剣かたばみの紋は城主の紋である。』
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境内社。
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稲荷社かな。
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本堂・庫裡の裏側へ続く石段。
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草木が生い茂り、庭のようになっていました。
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石灯籠が一対ありました。
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