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青森県八戸市大字新井田松山。松山熊野神社。元は牛鞍社と呼ばれており、松山の南側にあたる丑鞍森に鎮座していました。明治29年に熊野神社を再興し、昭和59年5月5日に現在の場所に遷宮するまでは50mほど東方の菊島家の玄関付近に鎮座していました。丑鞍森は石倉森ともいわれ、石倉家の先祖がここにいたと伝えます。頂上に岩石が露出し、モミの大木がそびえ、新田城の物見の一つであったともいわれ、海岸一帯がよく眺められたといいます。
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社殿は間口二間、奥行四間半。御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命。祭日は旧暦11月30日。
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以前の御神体は鳩であるともいわれていた木彫りの鳥二体でしたが、これは恐らく鳩ではなく八咫烏かと思われます。社殿新築の際に熊野本社から御神鏡を勧請し、新しい御神体として祀り、熊野牛王宝印も譲り受けました。
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安永6年に対泉院九世虎山和尚が納めた石灯籠があり、また、藩政期の鰐口を所蔵しているそうです。
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当熊野神社から長塚に抜ける十字路手前に三基の石碑がありますが、一基は牛頭天王碑・秋葉大権現で、紀年銘は年号が読み取れず(恐らく文政十一戌年)、左側面には「子七月廿八日」とあります。中央の碑は庚申塔(文政十一戌年子七月廿八日)。「施主松」まで見えるものの下は埋もれています。一基は金毘羅大権現で紀年銘は庚申塔と同じです。これらの石碑群は元々数メートル北側の道路際にあったものを現在地に移したものです。
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