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青森県上北郡六戸町犬落瀬若宮。光昌寺境内の南東の隅に東向きに建っています。光昌寺境内とはブロック塀で区切られていますので、光昌寺墓地からではなく普通に道路から向かってください。
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当若宮八幡宮は一般的な若宮八幡宮とは少々意味が異なるようです。
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「笹野真記録」によりますと、犬落瀬の里に来て熊野神社を創建した笹野尚盛に若宮丸という息子がいました。都に残されていた若宮丸は母に死に別れ、父尚盛が北の地にいると聞き、父を尋ねて承和12年(845)2月、15歳の時に都を出発。同じ頃、尚盛もまた都に残した妻子を恋しく思い、家来の吉彦・友彦に命じて迎えに遣わしました。両者は陸奥の地で無事に出会って父のもとへと急ぎました。そして涙の対面となったのも束の間、承和13年4月、若宮丸は一時的な病によって16歳の若さでこの世を去りました。その供養のために一宇の御堂を建立して若宮堂と号したといいます。これが若宮山光昌寺であると伝え、若宮八幡宮はその守護神として創建されたと考えられています。
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現在の社殿は2間半4方の社殿に1間4方の奥の院の入母屋造りで、昭和46年3月に建立。以前の社殿は昭和13年1月に光昌寺の火災で類焼し、同年4月に杉山円次郎により小祠が営まれました。続いて昭和15年8月に杉山円次郎・貞喜により現在地の若宮天満宮(光昌寺の境内の一角。大楓の根元に鎮座。)西側付近に1間半に2間ほどの神社を建立。昭和20年4月に修改築しながら現在の形になってきましたが、光昌寺位牌堂増築のために昭和45年9月に現在地へ移転改築。御神体は白馬に乗った八幡様の御姿でしたが、昭和13年に焼失しており、昭和16年6月15日に上吉田の中村丑之助に旧御神体を手本に彫ってもらったものです。高さ30cmほどの一木造りで、右手に笏を持った騎馬姿の八幡神像。
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大祭は旧暦4月15日・旧暦8月15日。現在は舘野の熊野神社の摂社として神仏分離されており、9月6日の六戸まつりの際は熊野神社より神職が来ているようです。
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