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八戸市南郷大字島守古坊。八戸市の南端、新井田川中流域及びその支流頃巻川上流域に位置し、階上山地・名久井山地に連なる丘陵が広がります。東は階上町、北西は南部町(旧福地村・名川町)、南は軽米町。南郷区は北上山系の北端で標高250mほどの起伏が多い丘陵地帯で、比較的緩やかな傾斜地に山林と畑が交錯。区の中央部の底地には軽米町境に世増ダムがあります。盆地以外には山林原野が多く、平地にある耕地は水利の便に乏しかったのですが、世増ダムの完成以後は畑作も安定化。大昔は原生林に覆われており、狩猟を主とした生活が営まれており、是川遺跡と同様に縄文時代から既に人々が相当数生活していたと思われ、200余の遺跡からは縄文土器をはじめ数多くの出土品が確認されています。桓武天皇の代に坂上田村麻呂による征討が行われたという言い伝えがあり、また、平安時代末期に平重盛が当地へ落ちのびて来たという伝説もあり、重盛の守り本尊である虚空蔵菩薩堂が建立されています。鎌倉時代には源義経が奥州落ちをして、更に奥州合戦で平泉を脱出し、蝦夷地へ渡る途中に立ち寄ったという「義経のジュネ畑」の伝説が虚空蔵山の後ろにあります。寛文4年に八戸藩が成立し、南郷は八戸藩領となりました。島守村は八戸廻り代官、市野沢は名久井通り代官の支配でした。明治4年7月に八戸藩が廃止されて八戸県となり、11月に弘前県、黒石県などと統合されて青森県が誕生。三戸郡誌の郷荘にある八戸藩の管轄に属する五九村に、頃巻沢、島守、中野、市野沢、泥障作、泉清水、大森の村名があり、この7ヶ村が現在の南郷区を形成。明治6年5月に大小区制が布かれ、島守村は第九大区五小区となり戸長が置かれました。同11年9月郡制が設けられ三戸郡に編入され、島守村に戸長役場が置かれました。明治16年7月1日に三戸郡内は25組に分けられ、島守村に戸長役場が置かれました。明治22年4月1日の町村制施行により島守村と頃巻沢を合わせて島守村として発足。神社仏閣ですが、高山の山頂に新山権現堂があり、同所に高山の正観音と称された糠部三十三観音第四番札所でもある高山観音があります。明治5年の廃仏毀釈により観音は壊され、新山神社は高山神社となりました。通称虚空蔵山(浅田山)の山頂には虚空蔵堂があり、本尊の福一満虚空蔵菩薩は貞享4年に藩命により京都より求められ、廃仏毀釈に際し高松寺に保管され、虚空蔵堂地には龍興山神社が遷座。明治15年に虚空蔵堂が虚空蔵山山麓に再建。島守字門前には享保18年に仏恵が開山したといわれる臨済宗瑞雲山高松寺があります。
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島守虚空蔵由来によりますと、高倉天皇の治承元年3月、小松内大臣平重盛が父清盛の不忠を諌めて入れられず、ひそかに京を去って陸奥島守の郷に至り、自らの余生を送るべき最適の場所を見出しました。それが即ち今日の虚空蔵山、山の名は浅田山、山号龍興山という山の麓でした。重盛はこの風光明媚の山河を愛でたばかりではなく、この奇岩怪石をもって積み重ねられた山に、老松老杉が鬱蒼と茂り、神気仏霊の自ら発せられる山容が気に入り、麓に一寺を建立し、日頃信仰する虚空蔵菩薩をその山頂に祀ったのが島守虚空蔵の創始といわれます。その後島守の里人の信仰は年ごとに高まり、毎年4月13日を縁日として祀られてきました。元禄5年、南部藩主二代南部遠江守直政公が高松寺を南部家並領内安全の祈願所(武運長久祈願所)に指定。貞享4年に虚空蔵菩薩尊がお目付より高松寺住職に授けられます。元禄5年に現在の龍興山神社の鎮座地に山号龍興山として龍興山福一満虚空蔵菩薩堂を建立。歴代高松寺住職が祭典執行。明治の廃仏毀釈にあたり、賢明な別当、総代などが苦心の結果、山号を取って龍興山神社と称して豊玉彦命を祀り、麓の現在地に小堂を建立し、虚空蔵菩薩尊を龍興山神社の地から現在地に遷座奉安することで、その難を一時的に逃れましたが、龍興山神社も村社高山神社に合祀を命じられたため、当時の別当、総代や戸長、組頭などが相談して、虚空蔵さまとして残せるように請願し、そのまま残りました。その結果、虚空蔵菩薩としても龍興山神社としても残ることになり、今日の隆盛を極めています。
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4月13日の虚空蔵さん詣りでは、各集落を歩いて参詣に出かけました。そして龍興山神社まで鎖に掴まりながら登って参拝。境内には屋台が建ち並び、近郷からの参拝者で賑わい、麓の高松寺にも参拝。虚空蔵さん詣りが終わると田植えを行ったそうです。島守春まつりでは、島守神楽保存会の権現舞や島守小学校児童による神楽などの躍動感溢れる舞が披露されます。※かつては虚空蔵さんの大例祭(虚空蔵まつり・観音さままつり)として毎年6月第1日曜日に行われていました。
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丑年、寅年生まれの守り本尊。御本尊虚空蔵菩薩。日本三大虚空蔵菩薩の霊所(京都の法輪寺、福島の円蔵寺)。
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慰霊碑。裏面碑文(※戦没者芳名省略)…『平和ほど美しいものはなく戦爭ほど醜いものはない。戦爭と言う大きな力は、人間の自由を無視し生死を左右する。この戦爭のため尊い一命を國家に捧げ再び墳墓の地に還らざる勇士の霊を慰め其の芳名を永く後世に傳えんと、この碑を建立す。』
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案内板「福一満虚空蔵菩薩」より…『瑞雲山高松寺が南部藩主二代南部遠江守直政公の御代に南部家並び領内安全の祈願所に指定され、京の仏師により建立された福一満虚空蔵菩薩像一体を貞享4年(1687)12月23日高松寺住職に授与す。藩主の命により元禄5年(1692)3月8日今淵茂右エ門を奉行に、大工棟梁中沢与惣右エ門、助左エ門、長兵エ等が浅田山頂に龍興山福一満虚空蔵菩薩堂を建立し、同年4月28日に高松寺に下げられ、お堂は龍興山神社となる。明治15年現在地に虚空蔵菩薩堂を建立し現在に至る。』
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福一満虚空蔵菩薩…『(空慧の庫蔵猶虚空の如くなれば虚空蔵と名づけ、広大無辺一切の功徳を包蔵すること虚空の如くなれば虚空蔵と名づく。)智慧、開運、交通、海上安全、学業成就、家内安全、縁結びなど諸願成就の菩薩。丑年、寅年生れの守り本尊。全国三大虚空蔵菩薩の霊所。◆御由緒…南部藩主二代南部遠江守直政公、高松寺を南部家並領内安全の祈願所に指定。【貞享4年(1687)直政公御日記より】一、虚空蔵菩薩尊、来る廿三日島守へ被遺候に付高松寺に御目付より状遺、高松寺住職廿三日に登城被仕様に申遺候。二、貞享四年卯年十二月廿三日高松寺住職を呼ばせられ虚空蔵尊一体を御預けとなり此の時御初尾百疋被下帰時の節伝馬御証文被下。【元禄5年(1692)御日記より】一、元禄五年三月八日大守直政公、今淵茂エ門を奉行に命ぜられ、大工棟梁中沢与惣右エ門、助左エ門、長兵エなどを相添えられ島守へ被遺虚空蔵菩薩堂の建立を命ぜられる。二、元禄五年四月廿八日遷座。現在の龍興山神社(浅田山、通称・虚空蔵山)の位置に、山号を龍興山と名づけ、龍興山福一満虚空蔵菩薩堂を建立、遷座奉安し、縁日を十三日と定め、高松寺歴代住職が導師として祭典を執行す。◆虚空蔵菩薩堂の移転…明治15年(1882)。一、明治初年の太政官令布告(廃仏毀釈)により、虚空蔵菩薩尊堂を現在の龍興山神社の位置、山頂より現在地に小宇を建立し、虚空蔵菩薩を遷座、奉安。◆主な縁日…・1月1日(元旦祭)・前夜祭(例大祭の前日)・6月第1日曜日(例大祭)・12月31日(大晦日)。平素の祈祷は高松寺に連絡して下さい。ここより徒歩3分。管理寺務所瑞雲山高松寺』
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石鳥居。
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朱色の両部鳥居。
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松と石碑(石鳥居幟段石奉納碑※奉納者氏名省略、昭和29年旧4月13日)。
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11.5
凱旋紀念碑(陸軍少将正五位勲三等功四級岡村静彦書、昭和7年5月1日移轉)。
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裏面碑文…『明治廿七八年戦役 勲八等村上藏之丸 田中光政 榊原栄毅 楢山伊助 髙橋傳次郎 楢山米治 石髙申松 林春松 春日辻松 谷川馬吉 松坂由松 小山長之助 門前戌松(内地服務者)馬場權次郎 日山徳松』
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狛犬一対(昭和32年旧4月13日・願主八戸市長横町丸井呉服店店主井戸上卯之松41才、妻仝泰子34才、男仝貴11才、男仝明9才・石工犾守辰男・商賣繁晶、家内安全)。
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14.5
石灯籠一対(明治20丁亥年)。
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15.5
山門。
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『青森の伝説』には次のように記されています。「(前略)月山神社の前に、虚空蔵菩薩が祭られている。ところが島守にも虚空蔵様があり、中野のほうが姉で、島守のほうが妹だといわれた。中野のほうがよくにぎわい、島守は詣でる人もなかった。そこで姉が妹を哀れんで恵んでやったら、それ以来、島守のほうがにぎわい、反対に中野の姉のほうがすっかりさびれてしまったのだという。姉妹神の話である。ところで、島守の虚空蔵様の祭りは四月十三日だが、たとえ三粒でも、毎年この日に必ず雨が降るといわれる。」
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手洗石(文政2己卯歳4月13日)。
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鳥居奉納寄附者名碑(明治32年旧4月13日建之)。
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手水舎。
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金毘羅大権現(明治42年旧2月1日)。
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狛犬一対(明治21年旧4月13日)。
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22.5
丑年と寅年生まれの守り本尊である丑と寅が対になった御影石像。
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一対としては国内最大級の大きさとのこと。
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24.5
案内看板には日本一の丑寅の石像とありました。撫でると御利益があるといわれています。
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25.4
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25.8
境内。
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26.4
26.6
こちらの石は不明。
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そういえば案内板に『鳥居の元に石の句碑が建てられています。「ほととぎすぐるりは山に青田づら」文化八辛未シマモリ吟耕』とありましたが見逃したみたい。
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こちらも不明。
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面白い石ですね。
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龍興山神社・福一満虚空蔵菩薩鳥居建立記念碑(起工昭和41年4月20日、竣工昭和41年6月1日旧4月13日、総工事費37万5千円)。
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鐘楼。
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梵鐘(瑞雲山髙松寺十七世髙田文隆代)。
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33.5
『湖底のふるさとに未曽有の想を秘め万古の祖先を偲び新しきふるさとの栄えを祈る 平成3年6月吉日』
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小祠。
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棟札には「馬頭観音」「十二山ノ大神(昭和53年河原)」「地主白龍大神(昭和60年2月吉日榎本)」「地主八代龍神(昭和53年6月12日河原)」「立切不動明王(昭和53年河原)」とあります。
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こちらにも色々と祀られています。
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色々としか言えませんが。
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38.2
38.4
38.6
地蔵様等の首が修繕されているのは廃仏毀釈の関係かも知れませんね。
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39.5
これは何でしょう。
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台座には「奉納福一満虚空蔵大菩薩 昭和34年旧4月13日」などと見えます。
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本堂。
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見応えのある彫刻です。
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43.5
海老虹梁・手鋏。
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44.5
蟇股裏側。川畑吉正作とありました。
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向拝。
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46.5
扁額(藤元重拝書)。
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堂内。
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福一満虚空蔵菩薩堂の向かいには南郷朝もやの館総合情報館があります。
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そこの案内板に色々な神社仏閣が紹介されていました。小祠等小さな社まで色々と紹介されていますね。島守四十八社と呼ばれているように、この地域はとても神社仏閣が多い地域です。
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南郷村はとりわけ伝説が豊富な地域です。『青森の伝説』には次のように記されています。「八ノ太郎は、十和田湖に入る前に、まず是川をせき止めて湖水にしようとして、畚(モッコ)に土を入れて運び、まず堤を築こうとした。島守の神々がこれを妨げようと相談し、あと一畚運べば堤ができるというときに、虚空蔵様が鶏になって時を告げた。これを聞いて夜が明けたと思った八ノ太郎は、しかたなく十日市(八戸市)をさして逃げて行ったという。」、「島守の相畑と不習の道が合う下手に、寺久保というところがある。ここに、秋田から落ちて来たという八郎と太郎のふたりの兄弟がいた。ある日、ふたりが山に入って木を切っていた。昼になって近くの沢で岩魚を取った太郎が、それを焼いて食ったところ、急にのどが渇いてきてしかたがなかった。とうとう川水に口をつけて飲むうちに、蛇体に変わってしまった。そこへ帰って来た八郎は、この有様を見てびっくりしたが、太郎はそのまま川を下って島守に出た。そして村の土手を切り、その土であたりをせき止め、村じゅうを湖にしようとした。これを見て島守四十八社の神々が集まり、太郎を村から追い出すことをきめた。あと一畚の土を運べば、島守が湖になるところを神々が襲いかかり、戦った太郎は敗れてしまった。一度は八戸の八太郎沼に落ちのびたが、ここも追われて、秋田の八郎潟まで逃げたのである、と。」
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島守四十八社について…元々信仰の篤い地区であり、多くの神さまが祀られており、その中から地区の代表的な神社や祠を四十八社選んだもの。以下に四十八社を記しますが、特に明確な記録はなく、島守地区に祀られている多くの神という意味合いが強いものです。起源も定かではありませんが、明治初期に村社である高山神社に島守四十八社の神を合祀しています。八の太郎の伝説にて、島守の相畑で生まれた八の太郎が龍になり、住処とするために新井田川をせき止めて島守を湖にしようとしたのを防いだのが四十八社の神と伝えます。
島守四十八社(※巡礼の慣習はないため順番は関係ありません)
1.新山神社(権現様・下荒谷)
2.天満宮(学問の神様・笹山)
3.白馬祖神社(馬の神様・上荒谷)
4.七ノ神(朳神様・大波)
5.水天宮(水の神様・内山)
6.大日如来(目の神様・上荒谷)
7.水天宮(水の神様・上荒谷)
8.春日大明神(戦の神様・春日)
9.天満宮(学問の神様・上荒谷)
10.薬師如来(目の神様・下荒谷)
11.龍興山神社(豊玉彦命・内山)
12.秋葉山大権現(火の神様・内山)
13.雨龍様(雨の神様・内山)
14.福一満虚空蔵菩薩(知恵の神様・大開)
15.八坂神社(疫病退散の神様・館)
16.住吉大明神(農業の神様・館)
17.毘沙門天(七福神・館)
18.山ノ神(山仕事の神様・大開)
19.稲荷大明神(田の神様・内山)
20.高山観世音菩薩(現世利益の神様・西越)
21.金精様(夫婦和合、子宝の神様・西越)
22.愛宕大権現(火の神様・北向)
23.大日如来(耳の神様・上江花沢)
24.山ノ神(山仕事の神様・下江花沢)
25.八幡大菩薩(厄除けの神様・中里)
26.新山権現(厄除けの神様・高清水)
27.熊野権現(厄除けの神様・中里)
28.鴨野明神(目の神様・小平)
29.春日大明神(戦の神様・坂本)
30.白ひげ明神(厄除けの神様・小平)
31.鎧の明神(戦の神様・砂篭)
32.住吉明神(農業の神様・砂篭)
33.山ノ木林馬頭観世音(馬の神様・砂篭)
34.金毘羅様(水の神様・小平)
35.稲荷様(農業の神様・小平)
36.秋葉山神社(火の神様・十文字)
37.金毘羅様(水の神様・下旦平)
38.秋葉神社(火の神様・高獄)
39.虚空蔵山(知恵の神様・沢代)
40.山ノ神(山仕事の神様・内山)
41.熊野神社(厄除けの神様・上巻)
42.八坂神社(厄除けの神様・東台)
43.権現様(厄除けの神様・山田)
44.御蒼前様(馬の神様・東台)
45.天満宮(学問の神様・犹館)
46.稲荷神社(農業の神様・古里)
47.妻ノ神(厄除けの神様・相畑)
48.猿田彦神社(交通安全の神様・田山)
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南郷朝もやの里 田園空間整備施設案内図。紹介されているのは①ホタル水路、②散策の道「龍興山」、③散策の道「古坊」、④史跡湧水地、⑤大久保小公園、⑥水車小屋、⑦萱葺き農家、⑧集落農園、⑨平ノ下河原農村公園。
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