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青森県平川市広船山下。旧広船村西部。広船観音堂の西方。入口には「金森山・南無妙法蓮華経」と刻まれた石碑(昭和38年5月19日・外川繁太郎、笠原政次■建立)がありました。目印はこの石碑になります。詳細な場所についてはネット等でも一切紹介されておらずちょっと大変でした。地元の方に尋ねる場合は「金森山」の場所を聞いた方が早いでしょう。
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登っていきます。
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周囲の風景。
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上から見下ろした階段。
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広船神社境内にある廣船村縁起によりますと『(前略)慶長十五年津軽信牧弘舩寺址ニ金森山勧請寺ヲ再興ス棟札今ニ有リ世々廣住院ヲシテ別當タラシム今ノ廣船神社ノ前身トス(後略)』とあり、また広船神社の鰐口の由来として『(前略)「正長二年七月十四日大旦那敬糠部内金森山祠鋳大工平四郎」と刻銘されている。この銘を裏付ける文献は見当らないが正長二年(今から546年前)の作で金森山祠のものである(中略)金森山は廣舩西部にありここに昔弘舩寺があったことは傳承されている。(後略)』とあります。つまり別当金森山勧請寺(廣住院・金森山弘舩寺)の跡地かと推測。そもそも私はこの廣船村縁起の石碑を読んだことがきっかけとなり、この場所を探し始めました。
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ちなみに私の地図には「金峰神社」と記されていました。
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その他資料では金森山麓の「金峰結社という法華寺」ともあります。
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8.5
池の跡のように見える部分もありました。たぶん違うと思いますが。
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石碑を見ていきます。まず一番立派な造りの石碑。
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『金峰山初代掌妙院日學上人』昭和24年9月19日遷化かな。
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裏面には『昭和三十七年五月入山十週年記念信者一同建立』とあります。
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こちらは『南無阿弥陀佛』しか読み取れず。
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紀年銘もありますが微妙に見えず。明治というのはわかります。上部には庚申塔にあるような太陽等の模様があります。
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こちらは梵字の下に『金山良仙居士』とあります。紀年銘は明治33年11月7日。やはり神社というよりも完全に寺跡ですね。
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他にも石碑っぽい石がいくつもあるのですが読み取れませんでした。ちなみに石敢當については別記事にしております。『石敢當(広船金森山)
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眺望。
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広船神社の屋根だけが見えます。
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広船神社の真西に位置していることがわかります。
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