
上北郡おいらせ町中下田。

鳥居の横に駐車場のようなスペースがあります。

以前はここも鎮守の森の一部でした。

このスペースも含めて現在は木々の一部が伐採されています。

駐車場からは社殿がこのように見えます。
参道。

綺麗に整備されております。
当地区の産土神かと思われます。
明治35年勧請といいますが、下記のヒノキの案内板によりますと、小祠を小高い丘の上に移した年が明治35年のようです。私もそう思います。もしそうであれば、ヒノキの樹齢から推定して少なくとも寛永以前にまで遡るかも知れません。御祭神は宇迦之御魂神。例祭日旧6月24日。その他由緒等については調べておりません。
蟇股・木鼻。
蟇股裏側「六戸町上吉田 彫刻師 中村丑之助 昭和45年11月吉日」

手水石。

狐一対(昭和18年旧6月24日、間木村一同建立)。
拝殿内。蟇股の鶴が美しいですね。
社殿隣に慰魂碑と建物があります。

建物が何かは不明。慰魂碑の紀年銘は昭和35年8月17日。

境内において一際大きいヒノキ。
「天然記念物、稲荷神社のヒノキ、ヒノキ科ヒノキ、推定樹齢350年」

町指定文化財(昭和62年11月24日指定)天然記念物「稲荷神社のヒノキ」…『このヒノキは、胸高周囲2.17メートル、樹高は、19.56メートル、樹齢350年と推定されている。根元付近から清水が湧き出ていたとの話もあるが、昔は、水の湧く場所に祠を建てて祭る風習があった。今でも地区の人々が稲荷神社に参詣の際、必ずこの木の根元にもお参りすることから、昔はここに祠があったことは容易に判断できる。稲荷神社は、明治35年の勧請したと云うよりは、この小さな祠を、北方の小高い丘に移された年のことではなかろうか。このヒノキは、この地に祠が建てられた際、神の依代として植えられたものと思われる。平成元年12月町教育委員会』

おまけ。


比較的近くにあった「麺屋だいすけぇ」(おいらせ町中平下長根山)にて腹ごしらえ。

ごちそうさまです。















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