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青森県青森市浪岡高屋敷野尻。高屋敷館遺跡。西に国道7号線、東に大釈迦川。
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高屋敷村天和絵図写。
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国道七号バイパス迂回に伴う「賽の河原」移転経緯…『【一、賽の河原の由来】賽の河原は、小児が死んでから苦しみを受けるとされる冥途にある三途の川原であり、石を拾って父母供養のために塔を造ると鬼が来て壊すため、これを地蔵菩薩が救うという。高屋敷の地に何時できたのかは不明ながら、樹齢三百年以上の黒松の存在した場所を古くから「賽の河原」と称して、住民の信仰の寄り代となっていた。【二、移転の経緯】平成六年に国道七号バイパスに関連して発掘調査をした高屋敷館遺跡は、平安時代後半の環壕(防御性)集落として、全国の注目を浴びることとなった。以後平成12年にいたるまでの保存運動の高まりとともに、既存のルートを迂回させて遺跡の保護を図ることとなり、同時に「賽の河原」も移転することになった。高屋敷町内会は、浪岡町役場建設課を介して国土交通省青森河川国道事務所と話し合いをもち、平成15年9月30日移転契約書に署名することになった。当時の役員は、町内会長・古村哲三、副会長・福山真一・蝦名勝弘、会計・森正史、町内会相談役・加藤新吉・古村敏英・加藤康・古村一雄・雪田清作(順不同)である。【三、移転の内容】「賽の河原」資産売買と推定樹齢300年の黒松補償を合わせて、移転の全補償額は壱千万円余であった。代替地を畑地であった高屋敷字野尻41番地8号として、所有者西塚タミから515万円余で187平米を購入し、この場所に「賽の河原」お堂の新築を決め、約9.9坪を㈲福山総合建設会社に発注した。本体工事(税含)及び内部お堂の出来高額は400万円であった。賽の河原・黒松の移転に当たっては旧尾上町八幡崎宮本141赤倉金剛寺蒔田範好和尚によって御霊抜きを行い、新築とともに御霊入れをした。また、町内会では、白山神社神明宮にも配分金をすべきとなり、平成16年3月26日にそれぞれ150万円ずつ配分した。【四、地蔵講中の人々】当時の講中は、会長・葛西ツヤ、副会長・古村房子・葛西涼子、雪田ひさ江・花田春江・古村恵子・雪田タマエ・藤田テイコ・藤田ヤツヨ・高橋イツ・西塚タツエ・加藤マツエ・森千代・加藤幸(順不同)であり、新築した賽の河原のお堂に仏具、座テーブル、ロウソク台など色々取り揃え、平成16年2月1日に杉高子供センターで落成記念祝賀会を開催、参加者は87名であった。 平成18年7月23日老木の根撤去となり、平成19年6月15日、土砂流出を防ぐための工事を63万円余で㈲開成工業に発注し、この工事をもって、賽の河原移転費用は全て精算し、役職を終ることとする。平成19年6月15日古村哲三記』
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堂内。
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脇に元の堂宇らしき建物がありましたが、中は物置でした。
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