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秋田県湯沢市古館山。湯沢城址のある中央公園内。
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「飲むと力が出る」力水の由来…『湯沢は、古くから水と縁に恵まれた佐竹南家の城下町で、ここ湯沢城址、古館山麓より清水が湧き出る所一帯には、佐竹南家の御屋敷がありました。この名水は御用水で「からだに力がつく水だ。」と特に殿様が愛用されたと云われております。その後、御屋敷跡に男子小学校が建てられ、そのころ、この名水は「おしずさん」と呼ばれておりました。男子小学校では、この水を飲料水として使い、他には「トウホクサンショウウオ」や「モリアオガエル」が棲息しており、また、湧水でしか棲息がむずかしい「イバラトミヨ」が飼育され、珍しい巣を作って卵を産みつける様子が、子供達にも観測出来ました。当地は、東北一の銘醸地であり、両関、燗熳等の銘酒が生まれ、酒造業が発展したのは、酒造りに好適な水に恵まれたからでもあります。この名水は「お茶にもうまい」と市民の方々の水汲みがたえません。殿様にあやかり、この水を飲むと力が出る、と云うことから誰云うとなく"力水"と云うようになり、毎年九月五日には水神祭りが行われております。水質は中性、水量は毎分20リットル。水温は十二度で年中ほぼ一定です。1986年6月寄贈湯沢南ロータリークラブ』
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昭和60年3月環境庁の日本名水100選、平成2年7月手づくり郷土賞三十選(生活を支える自然の水)。水質は PH7.4の中性で、水温は約12℃と年中一定。
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力水(力の源、水の力。)…『「飲むと力が湧く水だ」として、湯沢城主に愛飲されたと言われている湧き水です。現在は、地元の人たちに愛される水となりました。雨水や雪解けの水は、地中にしみこみ地下を流れる水となります。力水は、地中の割れ目にそって、地下の水が湧き出しているものだと考えられています。』
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元和6年徳川幕府が一国一城制を敷き、佐竹南家が現在の市役所のある場所に館を建てたときから佐竹南家の御膳水として明治25年ごろまで使用され、近所の人たちが昼食や休憩のときにのどを潤したり、この清水のお茶は特別にうまいといって飲まれていましたが、だれということなく、この水を飲むと力が出るというようになり、その後、「力水」と名づけられました。
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湯沢市が「秋田県下一の酒と美人の里」と云われる由縁として力水があることを多くの市民が誇りにしているそうです。
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私が訪れた時も、次から次へと水を汲みに来る人が絶えませんでした。
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8.5
力水の周囲には石碑や東屋等がありました。
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9.5
ケナシヤブデマリ…『昭和12年6月13日植物分類学の泰斗である理学博士佐竹義輔氏が湯沢市城址公園で発見しその学名を公表したものである。佐竹博士は、湯沢佐竹南家の第十九代の当主である。』
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「けさくむ水は福くむ水くむ寶くむ命ながくの力水をくむ」
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「雲耒て雨零しゆく花野かな 夏生」
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『俳誌「俳星」は、正岡子規命名、石井露月を盟主に明治卅三年三月能代において創刊され幾度の艱難を乗り越え平成十五年十月号を以って通巻壱千号を迎えた。此の度、「俳星」通巻壱千号と岡田夏生八代主幹卒寿の慶賀を祝い、主幹の古里である当地に会員一同の総意によって句碑を建立することにした。◎岡田夏生略歴…本名哲太郎。大正二年湯沢市田町に生まれる。昭和五年柴田紫陽花の指導を受け「俳星」に入会同八年「俳星」主要同人の吉田冬葉の「獺祭」に参加終世冬葉の指導を受ける。平成五年「俳星」八代主幹に就任する。他に篆刻書道を好みて魯郷と号せり。昭和六十三年湯沢市功労者表彰 平成元年秋田県文化功労章受賞 平成十五年十月吉日俳星社』
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「たのしさよ千代もかはらずくみかわす湯沢の里の春の盃」(天明5年(1785)正月4日菅江真澄32歳詠)。
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