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大湯城跡(大湯新城稲荷等)』からの続きです。新城・館っこを通り、きよさんの清姫神社へ。入口の鳥居は小祠に対して反対側になります。
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標柱には特に何も説明がありません。
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小祠前の鳥居。
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清姫神社。長慶天皇の御子である寛光親王(※行岳山西光院(青森市浪岡北中野天王)に五輪塔があります。)の妃清子(三戸南部氏第13代当主南部守行(1359-1437)の娘)を祀ったものと伝えられます。南朝方だった北畠氏や南部氏を頼ったとも考えられ、北畠氏の浪岡、南部氏の三戸を往復の途中、来満街道の要所である大湯付近で亡くなり、大湯城近くのキヨサン館に祀られたとのこと。
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小祠は比較的新しく感じます。
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隣には御蚕塚。
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裏面…『村杉大権現神社 祭司大徳靈院神子 修行者有志 平成9年6月23日建立』
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さて、帰ります。
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このルートです。平行して侍道とお城坂があり、神明社横を通って下館坂。
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地図には「ドビヤッコ」とありましたが標柱には「ドビャコ」とありました。
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ドビャコ…『金山などの鉱山で鉱夫の逃亡を防ぐ見張り番所をドビャコと言ったようであり、ここではお城の見張りの要衝を意味している。』
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お城坂。写真じゃわかりにくいと思いますが上でも述べたように平行して侍道とお城坂があります。
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侍道。侍道は一段高い位置にあります。
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一段下のお城坂の方が歩きやすいです。
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向って左上段の木々に囲まれている道が侍道。右がお城坂。お城坂標柱より…『右(現在の道路)百姓道、左(現在道路の上段)侍道』
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お城坂から下館坂を通って戻ってきました。以上、大湯城跡(大湯新城・鹿角市)でした。
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