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秋田県湯沢市関口寺沢。関口村についてですが、慶長8年の村高は649石余と推定。「政景日記」の慶長17年3月の項に関口村の名が見えます。親郷岩崎村(文政年間より湯沢町)の寄郷。享保~明治年間の枝郷は戸沢1村で、享保年中にあった道地村は天明年中に廃村となっています。この地は古来石工を業とする者が多く、近在の石材を伐って加工していました。それは現在も変わらないようで、石材店が多く見受けられます。また、毛ダニの被害も多い所として知られていたようです。村鎮守八幡神社のほか、薬師堂・十王堂などがあります。関口城落城とともに廃れた真言宗香川寺は藩政初期に曹洞宗青竜山香川寺(湯沢町清涼寺末寺)として清涼寺聚中和尚が再興。戸数は「享保郡邑記」で104軒(うち枝郷分26)、「秋田風土記」で90軒。幕末期には村高が大幅減となりました。明治3年には岩崎藩領320石余、秋田藩領440石余の計760石。
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創業元文元年石屋八代目渡部宇太郎石材店の近くにあったので石材店のものかと思ったのですが、二十三夜塔と見え、その他も古そうに見えたので寄ってみました。何より中央に大きな像が見えたので思わず立ち止まってしまいました。最初は不動明王かなって思ったのですが、どことなく金剛力士像みたいな石像でした。
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いずれもじっくりと見たわけではないので詳細は不明です。
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二十三夜塔。地域柄でしょうか。二十三夜塔としては立派なものです。
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紀年銘は享和元辛酉年や嘉永6癸丑年など。
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6.5
その他、出羽三山碑や三峯山大権現・舘越大明神、庚申塔などがありましたが、時間が無かったので細かくは見ませんでした。
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7.5
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