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現在の弘前大学北溟寮のある土地は、もともと「りんごの神様」と言われた外崎嘉七氏(安政6年~大正13年)の農園地「向陽園」があった場所です。外崎氏は、りんごの袋かけを考案し、病害虫による青森県りんごの生産の危機を乗り越えました。また、ボルドー液散布による殺菌、いらない枝を切り落とす剪定という技術などを考案し、その技術は今も受け継がれ、「青森りんごの中興の祖」とも言われています。
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明治41年9月24日、東北巡啓中の東宮殿下(明治天皇皇太子嘉仁親王のちの大正天皇)が大開野の第八師団閲兵の後「向陽園」に立ち寄り、りんご栽培に益々努力するよう激励しました。明治42年5月、外崎氏は同業者の目標とすべく、この碑を自費で建立。
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上の横書きの「鶴駕份憩」の題字は、弘前藩第12代藩主で、明治2年6月の版籍奉還後、弘前藩知事となった津軽承昭による書。
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縦書き碑文の撰文と書は、明治天皇に仕え東宮侍講も務めた本居豊頴によるものです。
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