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岩手県岩手郡雫石町丸谷地。
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小岩井稲荷神社の由緒を語る上では切り離せないので、まずは小岩井農場の歴史に少し触れます。明治21年6月12日。盛岡を訪れていた明治政府の鉄道庁長官である井上勝(長州藩士、長州五傑の1人、官僚、正二位勲一等子爵。日本の鉄道の父。)は、眼前に広がる岩手山の南麓に広がる風景に目を奪われました。それは木もまばらな不毛の原野。奥羽山脈から吹き降ろす冷たい西風の中、ススキや柴、ワラビなどが散在する火山灰地を前にして、この荒れ果てた土地に大農場を拓くという、かつて誰も抱いたことのない夢を抱きます。長年、鉄道敷設事業に携わる中で、多くの美田良圃を潰したことに対する悔恨の念だったといいます。このような荒野が手付かずで放置されているのであれば、せめてそれを開墾して大農場を拓くことで、美しい田園風景を損なってきたことの埋め合わせをしたいと考えました。井上はこの構想を岩崎彌太郎のもとで三菱を支えていた小野義眞に打ち明け、助力を依頼。三菱社は彌太郎の死後、実弟の岩崎彌之助が第2代社長に就いていました。小野義眞は早速井上と彌之助を引き合わせます。国家公共のために荒地に農場を拓きたいという井上の高邁な願いに感銘を受けた彌之助はその場で出資を快諾す。こうして明治24年1月1日、井上が場主となり小岩井農場が開設。意外と知られていませんが、「小岩井」という名前は、小野義眞(日本鉄道副社長)、岩崎彌之助(三菱社社長)、井上勝(鉄道庁長官)の3人の名字から1字ずつ取って作られたものです。
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次に土佐稲荷神社について触れます。※写真はすべて小岩井稲荷神社です。
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土佐稲荷神社について…『主祭神は宇賀御魂大神(宇迦之御魂神、倉稲魂命、保食神)。御祭神は素盞嗚大神、大市姫大神、田中大神(大歳神、大己貴神)。創建不詳。長堀川畔の土佐藩蔵屋敷に古くから鎮座。天正年間の創建とも明和7年に伏見稲荷を勧請したものとも伝わります(土佐藩蔵屋敷の守護神として土佐の国より石の御神体を祀っています)。享保2年に藩主山内豊隆が社殿を造営して蔵屋敷の鎮守社とし、一般の参拝を許し、以来、山内家は参勤交代で大坂を通る際には必ず当社へ参拝し社殿の修繕は藩費で行われました。明治初年に土佐藩蔵屋敷とともに岩崎弥太郎に譲り渡されました。岩崎弥太郎は当地で事業を営み、三菱の発祥の地となります。岩崎弥太郎は社殿の造替を行い郷社に列格。第二次大戦の大阪大空襲で社殿をほぼ全焼。平成5年春、松尾橋梁株式会社による寄進により再建。』
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三菱財閥2代目総帥の岩崎彌之助は、明治42年に小岩井農場の永久の鎮守として、大阪西長堀の土佐藩邸内にあった土佐稲荷神社より分霊。これが当小岩井稲荷神社です。御祭神は宇賀御魂大神、例祭日9月20日。
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土俵。例祭日に相撲が行われます。
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手水石。
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石灯籠一対。
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拝殿前石灯籠一対。
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手水舎。
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狐一対。
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社殿。
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本殿。
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拝殿というよりも本殿覆屋的な造りで、本殿前はベンチ等があり休憩所のようになっています。
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しかしながら所謂「案」(八脚案、神饌台)もあったので、恐らく神事が行なわれる際のスペースであり、拝殿的な位置付けかと思われます。
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