
『鳥越観音 ~ 其之参』からの続き。六丁目坂からスタート。

ここからは整備された石段。

石段下に狛犬一対(明治41年旧3月3日)。
かなり個性的な狛犬。
気が抜ける…いや、癒される表情です。
石段上に石灯籠二対。
紀年銘は文政13年9月吉日。
もう一対は平成9年10月10日。


奉納記念碑(昭和2年9月19日)。

不明の石。

観音堂へ。

観音堂前に案内板(巡礼納札の写真付)があります。鳥越山観音堂奥院(一戸町指定有形文化財・一戸町鳥越宮古沢・所有者鈴木セツ子)…『鳥越観音は大同2年(807)に慈覚大師によって開基されたと伝えられています。永正9年(1512)の銘がある巡礼納札(岩手県指定有形民俗文化財)が残ってることから、室町時代後半には観音順礼の霊場として賑わっていたものと思われますが、詳しいことはわかりません。再建されたのは江戸時代の寛文12年(1672)、藩主南部重信によってでした。同年の棟札も以前はあったということですので、奥院はこの頃に建てられたものと推測されます。建築様式も江戸時代初期の特徴を示していて、このことを裏付けています。観音堂奥院は鳥越山の中腹の岩屋を利用して造られたもので、このような造り方を懸造りといいます。正面は四間で、床には板が張ってありますが、壁や天井は岩肌がそのまま使われています。堂のあちこちにお札が貼りつけてあり、参詣者が多く、今も信仰の根強いことを窺わせます。平成5年3月31日一戸町教育委員会』

皇紀二千六百年記念碑(奉納鳥越山観世音拝殿増営及御宮殿厨子・昭和15年旧12月吉日・新田六助敬書)。新田六助氏は石切所村(現在の二戸市石切所・昭和30年の合併にて福岡町)村長(昭和2年-昭和21年)。

手水石。

観音堂。

拝殿扁額には「鳥越山・昭和3年旧9月29日」とあります。

奥の院へ。
石段手前に手水石と鳥越観音祭典十周年記念石段改修事業碑(鳥越観音環境整備委員会・鳥越地区民一同・平成11年10月吉日(旧19日))。


石段下の石灯籠一対(昭和10年旧9月17日)。


ゴールは目の前ですが…最終章『鳥越観音 ~ 其之伍』へ続く。














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