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熊野館(九戸政實史跡)…『この熊野館は、古くは縄文、弥生時代から使われ、九戸政實がいったん緩急があれば敵の来襲に備えた軍事基地として使用したという(七宮涬三先生)。川の蛇行と断崖を利用した天然の要塞は、きわめて優れた城館で、九戸城(二戸)築城に生かされたと言われている。村民憲章南田実践区』
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私は歩きましたが、神社までは車で行けるようです。そんなに遠くありません。更に神社の先は熊野舘公園として整備されており、千本ケヤキ(幹周4.7m)三本杉(幹周4.49m)という三頭木をはじめとした巨木、展望台、天狗の遊び場などが整備されています。
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狛犬一対(皇紀2600年・昭和15年11月10日)。
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4.5
参道。
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一之鳥居脇にある三本ケヤキ(幹周3.6m)。
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鎮座地はかつての伊保内村。軽米通江刺家名主組に属し、はじめ荒谷村とともに一村をなしていました。神社仏閣としては曹洞宗円通庵(長興寺末寺。明和元年建立。開基僧廓然卓宗。)、熊野神社(祭日旧7月16日)、八幡宮(祭日旧3月15日)が見えます。
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参道途中にあった末社の小祠。
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稲荷社っぽいけど恐らく大山祇神社。
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末社。鳥居が低いです。
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棟札によりますと大山祇神社です。昭和39年11月25日再建(當邑平穏・里民息災)。
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二之鳥居。額束には「熊野山」とあります。
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石段。
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三之鳥居。
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手水舎。
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熊野神社の主祭神は伊邪奈美大神。誉田別大神合祀。
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例祭日は8月17日。毎年17日から3日間かけて例大祭が執行されます。
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古来熊野権現と称しており、創立年代は不詳ですが、古い棟札の写書に、天文23年(1554)菊月14日九戸下野守信長建立とあり、九戸家代々尊崇。
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天正19年(1591)の乱(九戸政実の乱)にて九戸家武運拙なく没落し、当所修験等により蒔田二渡に遷座、郷土神として永く護持。後の正徳3年(1713)9月、村民の熱願により社殿再建、神輿を新調して渡御の祭祀を行いました。以来160年伝統的に執行されるも、増水のために渡御を拒まれるなどの不便をきたし、明治2年に景勝の九戸家旧館跡に再び遷座し現在に至ります。
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明治元年(1868)に熊野神社と改称。同4年村社列格。明治43年に無格社八幡宮を合祀。大正10年神饌幣帛料供進社会計指定社。昭和17年に参詣人の灯火不始末から社殿を焼失。その際に古棟札や権現頭等貴重な旧記を失います。昭和30年に祭礼振興のため、神輿修復して渡御行事を一新し、幾多の伝統芸能や山車の供奉する華麗荘厳、県北屈指の祭礼が村民総参加で行われました。昭和60年9月に天皇陛下御在位60年奉祝記念として社殿改築及び神苑整備。
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拝殿蟇股。
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拝殿向拝海老虹梁・手鋏。
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22.5
拝殿向拝神額。
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幣殿・本殿覆屋。
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24.5
社殿前石灯籠二対(昭和15年11月10日・天保7丙申年6月)。
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25.5
鳥居が倒壊している末社。恐らく蒼前神社。
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御神木。
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27.5
奉祝天皇陛下御在位六十周年記念熊野神社社殿改築篤志寄附御芳名録(昭和60年8月)。
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境内案内板(熊野神社御由緒)より…『【旧社格】村社【鎮座地】九戸村大字伊保内第十地割三十八番地【祭神】伊邪奈美大神、誉田別大神【例祭】8月17日(3日間)【沿革】古来熊野権現と称し創立年代不詳なれども、古き棟札の写書に天文23年(1554)菊月14日、九戸下野守信長建立とあり、九戸家代々の尊崇あり、と言伝う。天正19年(1591)九戸の乱の際、難を避けて蒔田二渡の森に遷座し、当所修験者などにより郷土神として護持し、後、正徳3年(1713)9月、村民の熱願に依り社殿を再栄し、神輿を新調して渡御の祭礼を行う。以来伝統的に奉仕されたが、時に夏の河川増水で、渡御行事を阻まれるなどの難屡故、明治2年(1869)景勝の九戸氏の旧跡熊野舘に再遷座して現在に至る。明治元年熊野神社と改称、同4年伊保内村・荒谷村・小倉村において村社列格、同43年官布告により鹿島無格社八幡宮を合祀、大正10年神饌幣帛料供進社、会計指定社となる。昭和17年(1942)参詣人の燈明の不始末から出火し、社殿焼失し古棟札、権現頭など貴重の旧記を失う。同年秋社殿復旧、昭和30年(1955)祭礼の振興を図るため神輿を修覆して神幸祭を一新し、以来幾多の伝承芸能や供奉の山車を強化し華麗荘厳、村民総参加で良き伝承を守る統制のある県北地方屈指の祭礼が行われる。昭和63年(1985)9月天皇陛下御在位六十年奉祝記念社殿改築と神域整備を完工、平成9年8月神輿庫移築、上水道設備、由緒板の設置し、御神威の昂揚と今後の発展を期す。【主要建物】本殿神明造り3.38坪、幣殿4坪、拝殿24坪、神饌所4坪、祭具所4坪、神輿庫3坪、御旅所(鹿島)12坪【境内社】大山祇神社2社、蒼前神社【境内地】1,118.85坪(内飛地300坪)、境外社有(山林)7,320.81坪【宝物】神輿(三番型、江戸中期作)一基【氏子数】700戸【崇敬者】300人、宮司1、祢宜1、責任役員9、総代9、世話役29【供奉芸能】権現神楽(室町期より伝承)・鹿舞・剣舞・虎舞・大神楽舞・七ツ物踊・駒踊』
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