青森県弘前市大字百沢字山田。岩木山総合公園・津軽カントリークラブ百沢コースの南。
さて、弘前市街地から岩木山神社や嶽方面に向かうにはいくつもの経路があります。私も嶽きみシーズンやお山参詣などの時は大変混み合うので、東目屋・西目屋方面から農道などを使っていきます。この場所は弘前市中畑・中野外山(東目屋地区)から大秋川を挟んで更に北の地域になり、東目屋地区から向かった方が近く感じますね。
岩木山。
守山神社が鎮座する森山。
カエデ(弘前市指定天然記念物)。
道路沿いにあります。
中々の存在感でございます。
案内板(岩木町指定文化財・天然記念物カエデ)より『大きさ:樹高約18m、幹囲4.25m。樹齢:約500年、所有者:一戸好昭(弘前市新里)、指定日:平成10年11月5日。植物学上の種名はイタヤカエデである。イタヤカエデの古木は、200-300年程度のものは時々あるが、樹齢推定500年のレベルのものは、青森県では貴重である。平成11年12月岩木町・岩木町教育委員会』※岩木町は市町村合併により現在は弘前市。

写真でもわかりますように、カエデは道路を挟んで那智山神社の真向かいにあります。
那智山神社。

那智山神社の鳥居越しに見たカエデ。
庚申塔(明治43年10月22日一戸淸太郎建立)。

何か違和感を感じるなと思ったら、庚申塔ではなく申庚塔でした。

庚申塔に供えられたウサギ。

他にもいくつか石碑がございます。

倒れているものも。


苔生しており、状態的にも読み取るには厳しい感じでした。


いずれも賽銭があり、墓碑ではなく庚申塔などの信仰されている石碑だということはわかります。


参道。


那智山神社社殿。「那智山」というと市内では天台宗那智山袋宮寺を思い浮かべます。第4代藩主信政(墓所:高照神社)により紀州熊野那智大社の分霊を勧請したものであり、津軽地区では馴染み深いものです。また、この地区並びに岩木山周辺の地区には神道が非常に多く、個人により管理されている神社、例えば弘前市百沢三本柳の神明宮のように恐らく地元の方じゃないと由緒がわからないような小さな神社、地図に掲載されていても私有地で立入禁止できない場所に鎮座している神社、更には過去にいくつも紹介してきたように、磐座を伴う巨石信仰、赤倉信仰、はたまた弥生の保食神社、常盤野の瑞穂神社、百沢の杉山神社や大山祇神社のように昭和に入って入植者により開拓された岩木山麓の耕地開拓集落(杉山、上弥生、羽黒、瑞穂、小森山、平和など)産土神としての神社が祀られ点在しております。

こちらの神社の鎮座地はわかりにくい場所かと思いますが、いくつかのインターネット上の地図にも普通に掲載されているのでそちらを参照して下さい(※但しGoogleマップは未掲載、地理院地図では鳥居のみ掲載)。かえで(弘前市指定文化財・天然記念物)が目的の方は、前もってネット上の地図で「那智山神社」を探せば非常にわかりやすいと思います。

社殿内。大変綺麗に管理されております。
奉納絵馬。




本殿には伊邪那岐命と墨書きされた石塔、昭和初期などの紀年銘も見えるいくつもの石塔(石棒)を祀っている他、一体の女神像、一戸清太郎氏(安政6年岩木町字百澤生)と思しき写真、氏により奉納された水天宮御守・御嶽大神御守護札が添えられた不思議な写真などが祀られます。また、拝殿内にも遺影があり、氏及びその一族の方々の当社に関する崇敬の篤さを伺えます。恐らく一戸清太郎氏により少なくとも昭和初期より信仰され、現在も一族により崇敬・管理されているものと思われます。神社の向かいにあったカエデの所有者も同じく一戸氏であり、恐らく推定樹齢500年の当カエデの向かいに意図的に社殿を建立したのでしょう。百沢生まれで、この付近の耕地開拓にご尽力された方ではないかとの憶測はできます。賽銭箱は無く、神仏混淆的雰囲気もあったため、手だけを合わせて帰ってきました。
周囲の風景。

のどかで気持ちいいです。

少し歩いたところにこのような場所がありました。

写真では伝わらないと思いますが、物凄い勢いで水が出ています。小さなお子様は滝行できます。周囲の農家の方々が使っているのかな。



















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