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秋田県秋田市大町5丁目。豊島町(旧豊島町)の福栄稲荷神社。
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社号標(昭和5年6月15日、若狭東吉建立)。
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旧豊島町標柱より…『寛永8年(1631)の町割りで、豊島氏の旧臣が居住したことに由来するなどの伝説がある。昭和12年まで旭北小学校があった。』
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豊島町についてです。かつては久保田豊島町・秋田豊島町ともいいました。江戸期は出羽国秋田郡のうち。秋田藩領。久保田城下町の1つ。成立は寛永8年に町割がなされたことが知られています。本町5丁目と八日町に挾まれており、久保田の外町の中心。寛永8年の堀川普請人足の割当で(町中家表四間口に付人足1人ずつの計算)は、戸嶋町(豊島町)肝煎弥三郎扱い分として144人とあります。寛文3年の間数は47.5・家数65(外町屋敷間数絵図)。文政5年に料理屋の家督権を得ました。これは従来から料理屋家業が多かったためで町法等も厳正にやってきましたが、近年になって他の町にも料理屋が増え、更に火事によって類焼したので、このままでは町が衰微するので家督を認めてほしいとの訴えが認められたためです。なお、町内には稲荷神社が見え、それが当福栄稲荷神社。明治4年から秋田町の町名。同11年南秋田郡に所属。同22年秋田市の町名。明治18年の戸数は98。翌年の俵屋火事により全焼。同20年には旭小学校が新築され、前年の大火により全焼した田中町の旭北小学校と上川口の旭南小学校を合併。同34年には秋田市商業補習学校を併設、同42年に再び旭南・旭北に分かれ、旭小学校はそのまま旭北小学校として昭和12年まで残りました。昭和40年住居表示実施により大町5丁目の一部となります。
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狛犬一対。
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6.5
文久2年壬戌6月、池永久太郎奉納。
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7.5
石灯籠一対(安政5年午6月15日)。
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8.5
鳥居。
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狐二対。
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10.5
手水石。
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社殿。
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