くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2018/01

土橋の山乃神神社。 例大祭は4月12日・9月12日。大正頃まで土橋えんぶりが行われていました。 参道の両脇には規則正しく杉が植えられています。 3間4方切妻平入の外陣と1間4方の内陣で構成された社殿。昭和57年4月25日再建。棟札は5枚あり、安永7年・寛政7年・天保15年・ ...

入口付近にある看板には「200m先」・「1,200m先」とあります。山道を徒歩で200mと1200mではとんでもない違いです!勾配によっては登山とハイキングくらい違います。「1,200m先」の看板は「1200m」ではなく「1、200m」(100~200m)の間違いであると信じて参道を登り始めます ...

社号標(昭和23年春祭・奉納岩舘春次郎)・玉垣(御鎮座1100年祭記念・奉祈皇國之独立隆昌・昭和28年9月5日奉納)。 北海道神社参拝詩碑(昭和52年8月23日・北海道神社参拝団)。 大きな井戸。 って井戸なのか池なのかはわかりませんが。 御神水とあります。 その横に ...

十和田市史跡・文化財マップによりますと『三日市集落の東端にある館跡である。天正19年(1591)の九戸政実の乱で九戸側についた三日市越中(越前)の居館とされ、市内最大規模の館跡である。館跡は三つから四つの廓で構成されたといわれるが、九戸の乱で敗者となった三日市 ...

目の神様で「めくされ八日」と呼ばれ、毎年4月8日と9月8日に例大祭があります。春の祭礼は女性のみ、秋の祭礼は男性のみで行うという珍しい祭典方法です。 薬師信仰にはオサゴ場(霊水場)がつきものですが、当神社の南方、七曲りを経て100mほどの所に通称「カントウの水 ...

『八幡神社(横浜町)』からの続き… 祭日は8月15日。御祭神は誉田別尊、伊邪那岐命。天喜年中(1053)、源義家公が安倍貞任・宗任並びに嶋の夷征伐の為下向。田名部浦安渡村(大湊)より船で御帰陣の折、風波荒く、御船既に危うき折柄、公自ら波の上に、弓末にて八幡宮と ...

青森県上北郡横浜町茅平。 檜木(桧木)八幡神社。 軽石八幡神社とも称します。『青森の伝説』(森山泰太郎・北彰介)によりますと、「泊部落から、半島の頸部を横断して、西の陸奥湾へ出たところが、上北郡横浜町である。木材の積み出しと漁業の盛んな町であった。ここの ...

平内町松野木カド山に鎮座する滝神社。 御祭神は猿田彦命。元禄元年創建(造主山師金左エ門外村中)。  元は字滝ノ沢に鎮座。嘉永3年鳥居新築。 大正6年5月23日に滝ノ沢から現在地の部落有地に移転遷座(社掌佐々木要(13代)、大工頭領浜野清次郎、彫刻師弘前の ...

山形県東置賜郡高畠町高安。かつての高安村。はじめ蒲生氏領、慶長3年上杉氏領、慶長6年米沢藩領、寛文4年幕府領(一時期米沢藩預り地)、慶応2年から再度米沢藩領。 方角的には犬の宮に対座している猫の宮。日本でも珍しい猫を祀る神社。昔は養蚕の神としての信仰が篤かっ ...

戌年なので犬の宮の紹介。ちなみに上の写真の石碑は社号標ではなく「愛染王(愛染明王)」。鎮座地は山形県東置賜郡高畠町高安。かつての高安村。はじめ蒲生氏領、慶長3年上杉氏領、慶長6年米沢藩領、寛文4年幕府領(一時期米沢藩預り地)、慶応2年から再度米沢藩領。 日本 ...

参道及び社号標。社号標紀年銘「明治41年6月15日」。 由緒等は以前の記事も参照ください。 『熊野宮 & 樋の口 (弘前市)』 文明の頃(1469年)如来瀬の地より湯口佐内坂桃村(現常磐坂)に転社し応仁の大乱を承け、久しく類廃し神主も煩心して上都しありしが、津軽藩祖 ...

由緒等は不明です(調べていません)。 御神木の巨木に挟まれて、昔よりこの地に鎮座していたことが伺えます。 狐一対。 向拝下神額。 社殿内には本殿が2つと伊勢二見浦の夫婦岩の大きな絵画が見えました。 石塔などがいくつかありましたが、何なのか ...

三戸郡南部町下名久井鍛冶長根。法光寺別院跡、犬房坂上。 下名久井村は江戸中期に名久井村が当村、高瀬村、平村、上名久井村、鳥下内村、鳥谷村、法光寺村、泉清水村に分村して成立したと考えられます(諸説あり)。 神社として八坂神社と白山神社(高瀬村諏訪神社に合祀 ...

田子町田子字清水頭。 案内板…『青森県重宝十一面観音(県重宝第51号・昭和35年6月24日指定)。弥勒菩薩(県重宝第52号・昭和35年6月24日指定)。姥ヶ岳神社-田子町大字田子字清水頭一番地。管理者尾形直七。尾形家伝によれば、この神社は戦国時代の末期に、先祖姥ヶ岳大 ...

社号標「日ノ宮櫻田山神社」。日ノ宮についてはよくわかりませんでした。月ノ宮があるのかな?栗原市一迫北沢(櫻田山神社の南西、県道17号線沿い)の山神社(御祭神:小泊瀬稚鷦鷯尊(武烈天皇))とか…もしくは栗駒山に関係するとか…わかりませんが。 櫻田山神社社記… ...

道を挟んで、櫻田山神社の社号標・参道のちょうど反対側に寺号標・参道があります。 そこから少し進むと、「亀井山松巖寺」と彫られた門があります。 門の先にあった地蔵菩薩・六地蔵。台座の文はちゃんと見ませんでした。立派な数珠付き。 坂を上ったところに不動明王堂 ...

馬淵川に架かる梅泉橋(梅内と泉山間を結ぶ渡し場)の近く。余談ですが、馬淵川には留と呼ぶ魚簗が設けられ、鮭・鮎・鯰などが捕獲されていました。大留は泉山村と梅内村の間に設けられ、初鮭は藩主に献上される慣習でした。船場姓は梅内村に限られることから、大留は梅内村 ...

長くて緩やかな坂道の途中にあります。Googleマップでは野辺地町下坂として表示されますが、野辺地町赤坂の赤坂蒼前堂です。赤坂蒼前堂の記録と下記狛犬の紀年銘及び奉納者が一致しました。 由緒はわかりません。馬に関するものです…はい。「蒼前」の説明は下の記事を参照 ...

盛岡藩領(七戸藩領)、かつての天間林村の榎林村。 村中繁栄のため祀った聖大明神。昭和58年6月15日御棟体改新。鳥居は平成になって再建立。 仮名付帳には花松村の枝村として記されます。明和7年七戸御代官所惣高並村家数書上では、村高282石余、家数61うち本村28 ...

宮城県仙台市青葉区北山2丁目。御祭神は倉稲魂命・火産霊神。 社号標(大正15年3月18日)。 庚申塔(天保癸卯14年)。 北山羽黒神社…『羽黒神社は、同社因縁記(享保元年<1716>記)によれば、伊達政宗公が、仙台城築城の慶長7年(1602)北山に建立した。保春院殿が嗣子 ...

奥州街道(国道4号線)から県道9号線を北上し茂浦のアネコ坂を通って行きます。『青森の伝説(森山泰太郎・北彰介)』によりますと、「昔は湾内のタラ漁でにぎわった茂浦部落に、アネコ坂という坂がある。今はすっかり平らな舗装道路になったが、以前はこのあたりに古狐が住 ...

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